Thursday 19 March 2009

メールという地獄、一種の

電子メールを日常的に使うようになったのは、ぼくの場合、1995年ごろ。いまでは日々、これが外部とのコミュニケーション手段になっている。

電話はそれで時間が途切れるのがいやだし、メモをとる必要がないという利点があるので、もっぱらメールに頼ってきた。でもそろそろ、イヤになってきた、正直なところ。

たとえばきょうはジャンクメールをすべて捨てたあとの、実質のあるメールが36。すぐ返事を書かなくてはならない用件が、20いくつか。3行以上は書かないという原則をほぼ守っても、1時間は絶対にかかっている。ぼくなんてけっしてそうそう忙しいほうであるはずがないのだから、この世には毎日100以上のメールを読む人も、50以上のメールを書く人も、ざらにいるにちがいない。

かといって、コミュニケーションを遮断するわけにもいかない。携帯電話をもっていないので、気がつくといつのまにか、自分から電話をかけることはまったくなくなってしまった。大学生のころは友人たちとよく夜中に電話でえんえんと話したりしていたのも、いまから思うと嘘みたいだ。もともと筆無精だし、案外、「イエ電」にもっぱら頼っていた段階が、いちばん日常的コミュニケーションとしては充実していた時代だったのかも。