Thursday 31 July 2008

がんばれ青山ブックセンター

本日7月31日、青山ブックセンターの経営母胎である洋販ブックサービス株式会社が、東京地方裁判所へ民事再生の申立をしたとの報せ。2004年に経営をひきついでABCの活動を維持してくれた洋販が、ここで力つきたのはなんとも残念だ。しかし店舗の営業は持続する模様。あのしずかな炎が、これからも続くことを切望する。

つい3日ばかり前にも、若き同僚の波戸岡さんと青山ブックセンター本店で待ち合わせたばかりだった。もちろん、本も買った。ぼくひとりが買ったって、南極に降る雪の総量に対する、ほんのひとひらくらいの効果しかないだろう。でもここは、いつも大好きな書店だった。多くを発見した。多くを学んだ。夏には涼みもした。冬には暖をとった。バーゲンのときはたくさん買った。トイカメラのロモだって買った。壁ではいい写真をいっぱい見た。

2001年には蓮實重彦先生と工藤庸子さん、2003年には堀江敏幸さん、2006年にはエイミー・ベンダーさん、多和田葉子さん、2007年には大竹昭子さんと、ここで書店イベントをやった。なつかしい。そして、この場を失いたくない。

書店でのささやかなトークセッションや朗読会、小さなライヴ演奏やブックフェア、そうしたものがない都会は都会の名に値しない。青山ブックセンターを欠けば、表参道一帯の魅力は100分の1以下になるだろう。

本が追いつめられ、書店が追いつめられ、「文」の文化が衰退し。それでは住んでておもしろくない。がんばれ青山ブックセンター! DC系には、こんな書店が絶対に必要だ。

「風の旅人」33号

「風の旅人」33号(2008年8月)が完成。ぼくは連載エッセー「斜線の旅」の第18回として「島旅ひとつ、また」を書いています。

舳倉島、ウロス族の浮島、桜島の話は、それぞれ早稲田での「カリブ海文化論」の授業後に早稲田の学部生の敷田さんと見田さん、DC系の学生の宇野澤くんに聞いた話に基づいています。どうもありがとうございました。

「斜線の旅」は1回15枚なので、来年のいまごろ24回までゆけば、360枚。2009年秋には単行本にできると思います。ご期待ください!

Wednesday 30 July 2008

早稲田の午後

早稲田大学の学部横断的な1、2年むけゼミ「テーマカレッジ」の今年の主題「越境する想像力」のシンポジウムに招かれた。

よしもとばななさんのイタリア語訳者として知られる、早稲田大学准教授のアレッサンドロ・ジェレヴィーニさんとぼくが話し、それから参加者のみんなとのディスカッションに移った。

ジェレヴィーニさん(ばななさんのエッセーに出てくる「アレちゃん」)は、ほんとうに貴公子然とした、おしゃれで頭のいいイタリア男の極致。その生き方は、うらやましいくらい多彩で変化に富む。

http://www.yomiuri.co.jp/book/author/20050614bk02.htm

自作の小説の背景を語ってくれ、ついで朗読。じんとくる場面だった。

ぼくは「なぜ外国語で書くのか?」という題で、文学の創作と翻訳の関係、そして外国語での創作がもつ意味について、多和田葉子さんと関口涼子さんを引き合いに出して語る。多くの論点が、ちょうどジェレヴィーニさんの話の脚注になり、まずまず。若き友人のももちゃんがひょっこり顔を出してくれて、うれしかった。

終了後の懇親会も楽しく、積極的に本質をついた話をしてくれる学生が多くて、刺激になった。しかも! いま1、2年のかれらのうち3、4人が、やがて明治DC系を受験してくれるかもしれない。そうなれば、おもしろい。

他大学に非常勤講師に行ったり講演に行ったりすることを、単なるアルバイト的に思っている人がいるが、そうじゃない。具体的な学生たちとのやりとりの中で広がるネットワークは、どんなに小さくても確実に社会的なインパクトをもつし、それ以外には生まれえなかったような知的コミュニティの形成をはたしている。

ジェレヴィーニさんは明日からイタリアに帰国。ぼくはこれから入試。遠からぬ再会を約して別れたのも楽しかった。

Saturday 26 July 2008

森山大道+大竹昭子

暑い。冷房がない部屋で仕事をしていると、紙が汗でぼわぼわ。

それはともかく、明日の日曜日、涼みに行くならこれ。大竹昭子さん編『この写真がすごい2008』の関連イベントです。

以下、大竹さんからのお知らせを引用。

「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI (六本木ヒルズ横のけやき坂に面した店舗)で明日の日曜日におこなわれるトークショー。
ゲストは本の中に写真が収録されている写真家の森山大道さん。
本書の中から森山さんに選んでいただいた数点について語り合います。
無料で予約も不要ですので、お気軽にお越しください。

●7月27日(日)15時〜16時
TSUTAYA TOKYO ROPPONNGI一階の売り場にて」

これはおもしろそう! ぜひどうぞ。

Friday 25 July 2008

エミリー・ウングワレー

いつも終了間際になってしまう。木曜日、国立新美術館のエミリー・ウングワレー展。すごい。

色も、波動も、うねりも、その広さも。鼓動が速くなってくる。だんだん気が遠くなる。

これはすごい。ぼくにとってはロスコに匹敵するかも。

28日が最終日。まだの人は、この週末のすべての予定をキャンセルしてでも、ぜひ見に行こう。人が多いとは思うが、ふと気がつくと誰もいなくなっているだろう。彼女の絵ときみ以外、何もなくなっているだろう。

これだけの点数が一度に見られることは二度とないにちがいない。今世紀の必見。ほんとだよ。

Thursday 24 July 2008

露口啓二写真展

8月11日から札幌で露口啓二さんの写真展が開催される。以下、書肆吉成のお知らせを転載。

「マリリアさん、倉石信乃さんをゲストにお迎えし、北海道の風景を撮る写真家・露口啓二さんの写真展イベントを開催します。

 露口さんは北海道の風景をアイヌ語地名にこだわって撮影したり、昔は人びとの生活の中心だったけど今はもうなくなってしまった水流や川筋の起伏に注意を向けて撮影したりするなど、じっさいに見えている風景を通してひと昔前との差を同時に見ようとする写真を撮っています。

 現在の風景のなかで古代から変わらずに連続しているものと、大きく変わって断絶されたものとを、歴史を超えたまなざしで写真を通して一度に浮かび上がらせようとしています。

 人の側から風景をみるのじゃなく、子供のまっさらな目線で風景の側から風景を見たらこういう世界だろうなぁと思うような写真です。

 イベント当日は楽しく、深い学びの機会にしたいと考えております。入場無料カンパ制なので8月11日はみなさまどうぞお誘いあわせの上お気軽にお越し下さいませ。」

 これに合わせて、倉石さんはもちろん、DC系の数名も北にむかう模様。ぼくは別の旅行のため行けないが、きっとすばらしい夏の一日になることだろう。

Wednesday 23 July 2008

赤い雪

深夜、暑さに耐えかねて、アイスクリームを食べる。もちろんバニラ。で、それにカイエン・ペッパーの赤い雪を降らせて。

すると涼しさと熱が、同時にやってくる。

Tuesday 22 July 2008

音が覚えているもの、光が思い出させるもの

写真家・露口啓二さんの圧倒的な連作「地名」について、短い文章を書きはじめて、まだ終われずにいる。

すごい作品だ。北海道のあちこちのポイントで、ただそこにある風景を撮影し、現在もちいられている日本語地名、そのローマ字表記、もともとのアイヌ語地名、その日本語訳、英語訳を併記してゆく。

もちろんアイヌ語地名がその地点の性格をよく描写しているのに対して、日本語地名は音を写すための当て字である漢字が自律的に意味を帯びてしまうせいもあって、ほとんどナンセンスな名に変わっている。だが、そうはいっても、やはり音は残り、響き、連続性とずれの奇怪な作用のうちに日本という国がこの島を同化していったプロセスを、つねにそこに浮上させる。漢字が、そのままで、一種のリマインダーになっている。こっちがそんな心の姿勢をもつならば。

先住民の地名を征服者の地名が覆ってゆく、ないしは見えにくくなったかたちで継承してゆくことは、世界のどこにでもあることだが、そこに余分な意味作用が加わるのは、たぶん日本語の特性。そこまで踏みこんで論じたいものだが、必要な知識がないので困る。

そして写真が捉える光と地名の絶対的な齟齬については、きわめて理知的な写真家である露口さん自身がこう書いていて、付け加えるべきことは何もない。

「「地名」の起源の根拠を視覚化することは、まさしく表象的な行為といえます。喪失感と均質感を日常とした空間内に「地名」あるいは「その起源」という表象を持ち込むことで、そして「風景」として写し取ることで、その場所にかすかなゆがみをもたらす、私の採取作業はその繰り返しであります。「アイヌ語の意味」から、「表記された漢字の意味」から、そして「音」から生じる反映としての「イメージ」は、おそらく私の写真行為に介入します。それらすべてを引き受けた上で、はたして写真は「場所の表象」という地点からどれほど遠くに行けるものでしょうか。」

だがまさにこの「ゆがみ」の意識こそが、それだけで大きな贈りものなのだと思う、写真を見る者にとっての。それはそのまま現実を変える力になりうるし、表象を通じてしか到達することのできない実在物のなまなましい層にふれている。

最初に土地に住みはじめた人々の発見の歴史、確立された地名が貯蔵してゆく記憶、その名を変形し同時に土地をごっそり変形してゆく後発の巨大な国家、二つの名のあいだの落差、しかしあえて二つを併記することがその場で作り上げる、想起の現場。露口さんのこんな問いは、まさしく「世界的」な地平の中に刻まれている。

「雨煙別」と書いて「うえんべつ」と読み、それはアイヌ語のwen-petから来ていて「悪い川」であること。

「分部越」と書いて「ぶんぶこえ」と読み、それはアイヌ語のhunpe-oiから来ていて「鯨がいるところ」であること。

こうした名前が併記され写真に添えられるとき、びりびりと電荷を帯びたような、まるで紫の光が見えるような気がする。でもその先に、はたして何を書くべきか。写真とは、写真そのものについて、まるで語ることがない対象だ。

Sunday 20 July 2008

目撃

都内にもいるとは聞いていたが、はじめて見た。

土曜日の日没時。夕闇の中、うちのすぐまえの道路を、3匹の獣がのんびり横切っていく。あれは猫? 新種の犬? いいえ、アライグマ以外の何者でもない! 多少、大小があるようなので、母親に連れられた、この春生まれの子供2匹なんだろうか。

見ていると道路をわたり、慌てるようすもなく、近くのアパートの床下にのっそり入っていった。それにしても、こんなに人家が密集した地帯で! 周囲に少しは畑があるので、そこで野菜類などをとって食べているのだろうか。残飯あさり? それはどうかな。

北米原産のラクーン、繁殖力が強く、頭がよく、けっこう凶暴らしい。夜行性。人を怖れない。これから夜な夜な、かれらを探して歩いてみるか。でも怪しまれるだろうな、わが人間仲間に。

そのうちカラスなみにありふれた都市型野生動物になったりするのだろうか。

Saturday 19 July 2008

文字の饗宴

暑い一日でやることはすごくたくさんあるのだが、終了間際の展覧会「アール・ブリュット/交差する魂」を見に汐留の松下電工のミュージアムに。

駅で驚く。へえ、汐留って、こうなってたんだ。すごい、でも感動はない。というか、20世紀に置いてくればそれでよかったようなかたちの都市計画。潜在的にゆたかな海岸を、わざわざ人工的な岩石の不毛でおおっているような。美もなぐさめも気持ちよさもない。

それはともかく、この美術展はやはりすごかった。アウトサイダー・アートという呼び方の妥当性は考えてみる必要があるが、それぞれにまぎれもなく独自性を刻印されている。なかでも文字関係の作品に、つい過剰に反応してしまうのは、ぼく自身の趣味。

喜舎場盛也の漢字への執着、戸來貴規の誰にも読めない日記、富塚純光のふしぎな新聞紙絵画。どれも、真似したくなる。文字が輝き踊っている。

それから銀座まで歩いて、大平奨さんの絵画展(なびす画廊)。日仏学院のひげのおじさん、といえば、わかる人も多いだろう。いつも催し物があるたびにお世話になっているが、彼の画家としての側面は見たことがなかった。すばらしい大作が並んでいる。ぼんやり浮かんだ人物の肖像の上に、おびただしい環が浮遊する。どれも色がいい。筆とスポンジで描いていったそうだ。学院の激務をこなしながら、これだけの大きな作品を毎月のように仕上げてゆくとは、ほんとうに感服。

音楽もいいけど、絵もいいなあ、やっぱり。

それから研究室に戻り、期末試験の採点。惨憺たるできばえで、暗澹。大学の語学教育、どうにかしたい。しかも語学部分だけじゃなくて。今回はみんなの授業中の発表に基づいて簡単な地理クイズ部門を作ったのだが、「1968年に冬季オリンピックを開催したフランスの都市は?」という問題に「タヒチ」と答えたり、「ハイチのヴードゥーの原型に近い宗教をもつ西アフリカの国は?」に対して「ベトナム」と書いたりするのは、どうか。あ、ベナンのベの字でまちがえたのか。それでも、人の発表を、もう少し聞けよ。

文化的知識を離れて語学も何もないが、そもそもまるで興味のない地域・主題・言語を学べといっても、それはむりだろう、たしかに。語学は希望者だけにするか。しかし、世界といえば自分の生活圏、知識といえば商品知識しか求めない純粋消費者的精神たちが、いったい何を思って大学に通うのか。

砂漠ブルーズの真髄

「東京の夏」音楽祭の「サハラの声〜トゥアレグの伝統音楽」。楽しかった!

トゥアレグ族の生活圏はサハラ砂漠の南端にはじまり、アルジェリア、リビア、ニジェール、マリにまたがっている。今回の来日公演のために特別に編成されたグループによる演奏は、月光の下、砂に熱が残る円座での、歌と踊りの集いそのもの。

顔だちが、意外にブラック・アフリカとの混血を思わせる人が多い。楽器はおさえにおさえているが、非常に効いている。電気ギターが妙にブルージーだなと思ったら、マリ共和国からの影響だとのこと(アマドゥとマリアムを思い出してください)。そしてウードは、それに輪をかけて、ブルーズ・ギターそのもの!

このウードが導入されたのが、わずか15年ほどまえだと聞いて驚いた。終盤近くなって、砂を敷いた舞台上でのダンスパーティー。例によってステージに招かれ、またまた踊り狂ってしまった。なんか、毎年やってるなあ、こういうことを。しめくくりはなんとレゲエで、現在世界音楽はなんでもありなんだと再確認。影響を排するほうがおかしいし、影響はいたるところから流れこんでくる。

さんざん楽しんで外に出ると、カラジャ族のみなさんが今夜はTシャツ姿で246沿いの道ばたにすわっていらっしゃった。この光景は、夢みたいだった。Muito obrigado e boa viagem! とリーダーさんに挨拶して別れる。かれらはアマゾンの村に帰ってからも、南青山のこんな風景を思い出すのだろうか。

「真夜中」2号完成!

リトルモアから刊行された季刊の文芸誌『真夜中』の第2号が完成しました。

第1号もかっこよかったけど、こんどはすごい。中身もすごいが、デザインがすごい。色もページのカオカタチも最高。まずは、手にとってみてください。

ぼくはベナンの小説家フロラン・クアオ=ゾッティの「赤足少年」を翻訳・解説しました(82〜86ページ)。去年の東大駒場でのぼくの授業に出ていた人は覚えてると思います。森の秘密結社の祭儀の場所に迷いこんだ少年たちがお仕置きをうける話。アフリカっぽさがむんむんする、楽しい短篇です。

アフリカ各地からも、おもしろいフランス語作家が続々登場しています。カリブ海とむすびつけつつ、これからもいろいろやってゆきたいと思ってます。

Friday 18 July 2008

アフンルパル通信 第5号

札幌の書肆吉成から「アフンルパル通信」第5号が発行されました。ぼくは16行詩連作「AGENDARS」を、3ピース発表。

今号の執筆者は山口昌男、宇波彰の両先生をはじめ、倉石信乃、港千尋、南映子のみなさん。すごい充実ぶり。

お問い合わせは http://camenosima.com までどうぞ!

Thursday 17 July 2008

ロシア・アヴァンギャルド/石山修武

木曜日、大学院前期授業の最終日。暑い一日だったが、巡歴の一日とする。

まず正午に文化村で集合して、「青春のロシア・アヴァンギャルド展」。1920年代ロシアのすばらしさを期待して行く。展覧会ポスターがすごくよかったし。

結果、マレーヴィチはやはりすばらしかった。白に白、といっても、青みがかった白に赤みがかった白。非常に多様なものを隠した白。そのおなじマレーヴィチの晩年の肖像画なんかには驚く。ひとりの人間て、すごい振れ幅があるものだ。2002年にパリで見たモンドリアンも晩年はつまらないし、ブラジルのモデルニズモのミューズ、タルシーラ・ド・アマラルも、後期はあまりおもしろくないし。

「ロシア・アヴァンギャルド」といいながら、もうひとつの目玉はグルジアのピロスマニ。文句なくすばらしい。学生のころ見たピロスマニの伝記映画を、また見たくなった。みんな(パコとか)最後まで見てから、またピロスマニに戻っているのがおもしろかった。シロクマの親子なんて、ぜんぜん熊らしくない。キャンヴァスにわざわざ妙な厚紙を貼って描いているのも興味深い。

それからTucano'sでお昼ごはん(シュラスコ食べ放題1480円)のあと、みんなで用賀まで移動して世田谷美術館の石山修武展。歩きは暑かった。汗だく。

しかし、すごい! これだけのプロジェクトをほとんど同時に動かしてゆくって、どういうことなんだろう。おびただしいドローイング、エッチングも。土地を見抜き、人々とつきあい、かたちを探り、実現してゆく。建築家魂の頂点を見た思い。

石山先生のみならず石山研究室がそっくり移動してきて館内で仕事をしていたが、ちょっと声をかけるにいたらず。こっちに、言葉がないからなあ。ご尊顔を拝しつつ、立ち去ったという感じ。けれどもすばらしく充実した体験だった。あのパワー。見習いたい。

カラジャ族の伝統芸能

「東京の夏」音楽祭は、毎年必ず2つ3つの公演を見るようになって、すでに何年かたつ。いつも他ではお目にかかれない、おもしろいものがたくさん。

水曜日、大学で必死に仕事をしてから夕方の草月ホールへ。アメリカの大学で日本文学を教えている友人と。

「奥地」という言葉が誇張でもなんでもないアマゾンのほんとの奥地から、片道5日かけてやってきたかれら。面倒を見ているのは司会を務めた翁長巳酉さん。きょうはなんとなくインディオ風のおしゃれをしている。彼女のパワフルな行動力には、ほんとに脱帽。

カラジャのみなさんは総勢9名。すこーんと抜けた声が、動物を模倣し、鳥を模倣する、のだと思う。小刻みに足踏みする踊りと、鳥の仕草、ひろがる声。恐るべきものを見せてもらった気分。

特に、ふたりのかけあいで踊られる非常に理解しがたい踊り=儀礼は、どことなく狂言に通じるものがあって、おもしろい。

前日には子供たち相手に「花いちもんめ」をやって遊んでくれたそうだ。東京なんて、かれらにとっては苦痛の棘以外の何物でもないかもしれないのに、笑顔。元気。

来てくれたことが、かれらからの最大の贈り物。すばらしい一夜だった。

Wednesday 16 July 2008

7月15日

7月15日はヴァルター・ベンヤミンくん116歳、ジャッキー・デリダくん78歳の誕生日。ちなみにハロルド・ブルームくんはジャッキーより4日だけ上。フランツ・カフカくん(7月3日、今年でめでたく125歳)、エリアス・カネッティくん(7月25日、おなじく103歳)など、ユダヤ系の気になる文人たちは7月生まれが多い。

暑かった。早稲田の授業は期末試験。たっぷり苦しんでもらってから、太公望に。店のおやじさんに「また来年」といって別れる(早稲田は前期だけなので)。夏はまだこれから。旅あり、苦あり。

Monday 14 July 2008

郡上節、中世イベリア半島の響き

不思議なもので、ある人やグループの音楽は、あるときそればかり聴き、それから何年も遠ざかったりする。で、ときどき帰ってくる。むこうから。うれしいことだ。

こないだ授業でデレク・アンド・ザ・ドミノス、アマドゥとマリアムに続いて使ったのがラディオ・タリファ。スペインの中世音楽のバンド、古い楽器を使ってたとえば15世紀のセファルディ(追放ユダヤ人)の音楽などをやっている。でも感覚はきわめてポップで斬新。

1999年12月に札幌大学で講演をしたのが、じつはぼくが日本の大学で話をした初めての機会だった。思えば、日本語でまとまった聴衆を前に話をしたことは、小学校のとき以来それまでなかった。そのとき使った音楽の組み合わせが、これ。なんとなく気まぐれでひさしぶりにひっぱりだし、歌と話を組み立てたわけ。

大変に新鮮だったが、いまはYouTubeがある。ラディオ・タリファを見てみると、すごい歌を発見!

http://jp.youtube.com/watch?v=uw8Zibak_Lc

そう、民謡の「郡上節」。ここまで中世スペイン風、つまりはアラブ風な節回しだったとは。まったく違和感がない。スペイン語の歌詞も決まってる。

三味線とか琵琶とか、何にせよシルクロード系の楽器だったのかな、もともとは。だとしたら、イベリアから東アジアまで、歌の道は千数百年前からずっと続いていたのかも。

おもしろいなあ。それで真夜中、ちょっとはずれるけれど、しまいこんでいたギターラ・ポルトゥゲーザ(ファドの伴奏に使うポルトガルの12弦ギター)をひっぱりだして遊んでいた。音楽はいい。楽器はいい。へたくそでも振動が癒してくれることは、ゴーシュのセロが教えるとおり。

BOOK246

北島敬三さんをお迎えしてのDC系トークセッション第1回。ほぼ満員で、ぶじ終了。

だが、暑かった! 南青山のみちばた、開始の午後4時では、まだまだ酷暑。周囲も明るすぎて、北島さんのスライドが見づらく、ほんとうに申し訳なかった。話す順番がまちがっていた。すみませんでした。

途中の休憩を終えたころから、しだいに暑さもやわらぎ、光もやわらぎ、だんだん調子が。でもそのころにはもう時間切れ、残念。これはまたいつか、この続きをやらざるをえないだろう。

北島さんのおもしろいところは、安易な歴史性を否定するところにかえって彼ならではの歴史感覚が浮かび上がり、人も風景もひとしなみに見るところに存在の「個」がかえって出現すること。北島さん自身「記念写真的にやった」という旧ソ連での人物写真が、とりわけすばらしかった。

次は秋に、デザイナーの近藤一弥さんと。クールでシャープ、彼のデザインそのままの人柄の、近藤さんとの対話が待ち遠しい。たぶん10月から11月にかけて。またお知らせします。

すべてが片付いてから、宇野澤くんの誘いにしたがって六本木のスーパーデラックスへ。きょうは伊藤隆介さんの映像作品と大友良英さんの音楽という組み合わせの夕べだったようだ。

http://www.super-deluxe.com/#映像作家徹底研究%206.

興奮のライヴが終わったポスト・フェストゥム(祭りのあと)的現場にゆき、伊藤さんの最高にかっこいい作品を見ることができた。同行した一同、愕然。これはすごい。永遠に石段を降りてゆく乳母車。説明はしない。

そして残念ながら、みんなを圧倒したその演奏を聞き逃してしまった大友さんと、立ち話をすることができて大満足。大友さんには、いずれFringe Frenzyに登場していただく約束を。

こうして終わった7月の日曜日だった。さあ、明日からもがんばろう。

Thursday 10 July 2008

野尻湖の花粉が教えるもの

7月9日の朝日新聞におもしろい記事があった。

地質学者・公文富士夫さん(信州大)の研究。野尻湖の湖底堆積物から花粉を調べ、過去7万年の気候変動を探るというもの。それによると、縄文へと移行する1万数千年前は特に変動が激しく、100年間で7度ほど気温が上昇したこともあったのだという。

一方、古生物学者の高橋啓一さん(琵琶湖博物館)は象の化石の専門家で、オホーツク海近くから出土した象の化石にナウマンゾウが含まれていることから、いまよりはるかに温暖な時代があったことがわかるそうだ。亜寒帯の針葉樹林に住むマンモスに対し、ナウマンゾウは温暖な落葉広葉樹林に住んだ。

マンモスはヒトに狩りつくされて絶滅した、とする説がむかしは有力だったが、いまはむしろ温暖化により生息環境を失ったという説が力を得ているらしい。武器らしい武器をもたない、しかも数がひどく少なかった人類には、マンモスを捕りつくすことなどとてもできなかったのではという気も、たしかにする。

いずれにせよ、過去1万年は気候の驚くべき安定期だった。21世紀が文明化(都市化)以後の人類が初めて直面する、本格的温暖化の時代になることは避けられないだろう。地球自体が準備するこの振れ幅に、ヒトの作為が加わって、これからの地表はどうなっていくのか。地表で何が起ころうと意に介さない、深海生物の時代が、未来の生命圏の避けがたい運命なのかもしれない。

就職指導という未知=道

大学院・新領域創造専攻全体の就職指導委員になりました。

といっても、これはぼくにはまったく未知の領域。出版界を除けば、つきあいのある業界もないし。安全学・数理ビジネス・DC系に求人をくれそうな企業を、これから探さなくてはならない。ともかく、やってみよう。

でも、結局は、ひとりひとりがどんなポートフォリオを提出できるかにかかっているからね。特にDC系のみんなには、自分がやってきたことがよくわかるような個人ウェブサイトを必ず作っておいてほしい。そこで、大学でつちかった編集力やデザイン力を、ちゃんと見せてほしい。

出会いはどこに転がっているかわからない。日々の積み重ね。それ以外には、何もない。明日も、また。その明日も、また。

Wednesday 9 July 2008

大山くんの作品

生田図書館ギャラリー・ゼロでの展示初日の朝、完成したてのDC系修士1年の大山宗哉くんの作品を見た。おもしろい! 暗闇の中、ガラスのケースの上にぽつんと、水の入ったグラスが置かれている。グラスに近づく手の動きに反応して、歌う風のような音が聞こえてくる。ケース内に浮かぶ光の線分と数字が、刻々と変わってゆく。天井の光はまるでオーロラのように踊る。

赤外線センサーが手の動きを感知し、それにしたがって4つのレイヤーに現われては変化する映像。みごとなできばえだ。

学外の方も、生田駅から歩いて見にゆく価値があります。会期中に、ぜひどうぞ。

ギャラリー企画の案はいろいろあるので、今後どう実現させていくか。フォトジャーナリストの佐藤文則さんの写真展を、できるだけ秋に。またアーティストの佐々木愛さんの現場での作品制作や、写真家の藤部明子さんの個展も、ぜひお願いしたいと思っている。

またぼくは明治大学アフリカ文庫の運営委員でもあるので、小企画としてアフリカ文庫にあるアフリカ関係の写真集の展示などもできるだろう。

驚くべきギャラリーになりそうだ。

Tuesday 8 July 2008

パコのダンス!

宇野澤くんとともに、DC系の初年度の学生としてぼくが指導しているのがパコ。中米系のカナダ人、フランス語・スペイン語・英語のトライリングァルで、もちろん日本語力も抜群。将来は必ず映像翻訳家として成功するにちがいない逸材だ。

そのパコの趣味はダンス。明治のサークルで活動しているが、YouTubeにこんな画像をアップしてくれた。

http://www.youtube.com/watch?v=4a4Hvli6bKo

黒いキャップに白いポロシャツで踊っているのが彼(だと思われる)。1980年のディスコ・キッドだったぼくとしては、見ていてほんとうに楽しい映像。いいぞ、パコ! あと1年半のDC系での生活を、存分に楽しんでくれ!

大山くんの作品展!

DC系の学生でありながら、すでにメディアアーティストとして活発な活動をくりひろげている大山くんの作品展が、生田図書館のギャラリー・ゼロで明日から(いや、今日から!)開催されます。



この度、生田図書館のGallery ZEROにおきまして理工学研究科 新領域創造専攻 ディジタルコンテンツ系に所属するメディアアーティスト、大山宗哉さんの作品展示「≠!」を行います。

オリジナルのマルチタッチディスプレイを用い手で映像に触れることができるインタラクティブな作品を展示致します。視覚−聴覚−触覚という3つの感覚器による介入と反応を楽しみながらお互いの感覚の関係性を考える契機となれば幸いです。

 ■期間 2008年7月8日(火)〜7月30日(水)
 ■時間 平日 8:30〜19:00 土 8:30〜18:30 日・祝日 10:00〜16:00
      ※初日は10時から開室いたします
 ■場所 生田図書館 Gallery Zero
 ■リーフレット http://www.dc-meiji.jp/ohyama.pdf


大山 宗哉 <略歴>
1985年 生まれ。
2006年、大槻幸平とともに結成したvoice.zeroとして国内外のアーティストとのコラボレーションプロジェクトを開始。
同年、スペインのアーティスト Miguel Gil Tertre 氏とともに4作のビデオ作品を発表。
2007年、ソニーミュージックコミュニケーションズをはじめとする企業のインスタレーションを制作。
また、メディアアーティスト集団 TriponとともにMetamorphoseに出演, リアルタイム生成によるパフォーマンスを行う。
2008年、明治大学 大学院 理工学研究科 新領域創造専攻 ディジタルコンテンツ系に所属、
メディアアートを宮下芳明氏に師事。
東京芸術大学 公開講座 非常勤講師 (2008年−)。


明治大学生田キャンパスは小田急線の生田駅から徒歩8分(ぼくは6分で着くけど)。ぜひ見にきてください! そして見に来たら、A館5階の516にあるぼくの研究室を、気軽にたずねてください(いないことも多いけど)。

Sunday 6 July 2008

「新潮」2008年8月号

よしもとばななさんの新作『サウスポイント』(中央公論新社)の書評を書きました。214−215ページ。

サウスポイントとはハワイ島の南端の岬。じんと深く感動させられる、さびしい、さびしい小説でした。書評も、あまりにも情感が先に立って、わかりにくいものになっているかも。でもストーリーを話すわけにもいかないし! とてもいい作品です。ハワイ好きな人は、ぜひ読んでみてください。

Thursday 3 July 2008

7月13日のBOOK246イベントavec北島敬三さん

以前にお知らせしたBOOK246×明治大学DC系の連続トークセッション「見えるもの、聞こえるもの」第1回の情報を、まとめておきます。

青山一丁目駅から歩いてすぐのCAFE/BOOK246で。第1回、ゲストは北島敬三さん! 北島さんには、DC系で後期の授業を担当していただきます。そこで、わが同僚にして鋭利な批評家である倉石信乃さんとぼくをまじえて3人で2時間、写真や旅をめぐる話を。

7月13日(日)午後4時から6時
料金=1000円(定員50名です、お早めに!)
予約は電話5771-6899あるいはメール info@book246.com

それでは、たぶん梅雨明け間近の南青山の日曜日、ぜひご一緒いたしましょう。

この写真がすごい、うれしい!

待ちに待った本が完成。

大竹昭子編著『この写真がすごい2008』(朝日出版社)

「日常をゆさぶる100の瞬間」として、大竹さんが選んだ100枚の写真が並んでいる。プロもアマもない、老若男女も関係ない。その中に、ぼくの写真も選ばれ、しかも! 見開きででっかく載せていただいた。

これは本当にうれしい。文章が初めて活字になったときより、ずっとうれしい。写真ていいなあ、楽しいなあ、すごいなあ、ヘンだなあ、これからも撮ろう、という気になる。

ぜひごらんください。ぼくの写真は通し番号の「18」。フィジーの海岸の風景です。

説明会、ぶじ終了

7月2日、駿河台でのDC系説明会は、20名近くの参加者を得て、ぶじ終了。

宮下さん、倉石さん、ぼくの順番に話したが、みんなすごく熱心に聞いてくれて、こっちも楽しかった。

写真をやりたい人、音楽をやりたい人、希望はいろいろ。わざわざ名古屋から来てくれた人もいたし、留学生ももちろん。この中で半分ほどの人が受験してくれたなら、所期の目的は達せられたということになる。

説明が終わってからの個別の相談もにぎわい、熱い雰囲気が盛り上がった。これは、来年は、今年以上に楽しい毎日になるかもしれない。

自分のスタイルを、自分のデザインを追求することだけが、われわれが自分自身に課す使命だ。そのむこうに、きょう見てもらったEarthriseと北極の画像がある。創造にとっては、毎日が非常事態。こうしちゃいられない! 明日もまたのんびりがんばろう。

きょうの参加者のみなさん、また近いうちに、再会しましょう!