Wednesday 31 December 2008

石川直樹『VERNACULAR』

みすず書房のPR誌「みすず」では毎年、読書アンケートをとっている。その年に読んで心に残った本を5点ばかりあげるというもの。たぶん今世紀になってからはずっと参加していたのだが、今年は回答を送りそびれてしまった。ちょっと12月、慌ただしかったので。本も思うようには読めなかったし。残念。

とはいえ日本語の本の世界、今年も充実していたと思う。細川周平、今福龍太、小沼純一、港千尋といった古い友人たちは、それぞれ重要な仕事をいくつもまとめたし、他にも年齢の近い知人たちでは、鵜飼哲さんや田中純さんがいい本を出した。ほとんど何もできなかったぼくは、じっと手を見る。うなだれました。エイミーの翻訳だけが、小さな救い。でも来年こそは。

で、このまま年が暮れるのかなと思っていたら、石川直樹さんの強烈な一冊がやってきた。題して『VERNACULAR』。人類の居住の形態を現時点で追う、すさまじい射程をもつ写真集だ。

ノンフィクション『最後の冒険家』、意表をついた写真集『Mt. Fuji』につづいて矢継ぎ早に出された石川さんの本だが、どれも孤高の(文字通り!)境地をうかがわせる傑作。そして、一年のしめくくりのいま、この大冊。

明日、大晦日に書店にゆく人は、必ず手にとってみよう。ヒトはこうやってこの惑星の異なる風土に住みこんできたのかということを、いやでも思い知らされる。

ということで、みんな、よいお年を。

新年のゼミは気合いを入れて、1月5日からはじめます。生田で。参加希望の人は、ぼくの研究室に12時45分までに来てくれれば。

Monday 29 December 2008

本棚問題

本を片付ける場所がなくて大掃除も手がつけられない。あきらめたとき、雑誌「エスクワイア」の本棚特集。おもしろい。

何人かの人の書斎が紹介されているが、かっこいいのは布施英利さん。湯河原の元旅館だった建物を改造して住んでいるというのだが、「本を4冊まで並行して読めるように作り付けた、特製読書机」がいい。

このアイデアはぼくも昔からもっていて、ぜんぜん実現できず。あっさりやられて、うらやましい。ぼくがあと欲しいのは立ち机。ジッドのようにヘミングウェイのように、立ったまま仕事をしたい。これもいまだ実現せず。

さらに「偉人の本棚」と題した8人の故人の本棚。7人まではすぐわかったが、第7番の人がわからない。あるのは百科事典と「日本現代詩大系」。西脇順三郎関係の数冊、『百鬼園戦後日記』など。かなり自分に近いのに、「15歳で『Ambarvalia』に遭遇」というヒントを読んでも、ぜんぜん思い至らず。

答えを見て、「あっ」と思った。なんということだ。慚愧に耐えず。どうも脳の一部が破壊されてしまったようだ。

それはともかく、宇野澤くんのために藤浩志さんが作ってくれた鹿児島の本棚(これも元旅館だった建物に設置されている)は、この特集のどれにくらべてもまったく遜色がないことは確実だ。

とはいえ、究極的には、蔵書なんて何を考えているかとは無関係だし、ひとりひきこもる場所がなくてもいい仕事をする人はいくらでもいる。本棚、それはひとつの箱で十分かも。書斎を捨てて、外で仕事をする道を探ろうか。公立図書館の驚くベき平等性に賭けようか。

なぜ写真を撮るのか?

なぜ写真を撮るのかと尋ねられたとき、私の昔からの友人であるゲイリー・ウィノグランドはこう言いました。「写真になったとき、そのものがどう見えるかが見たいからだよ」と。この言葉を超えるような言葉はありません。私も同じように感じています。

ウィリアム・エグルストン(アン=セリーヌ・イエガー『写真のエッセンス』、小林美香訳、ピエ・ブックスより)

Sunday 28 December 2008

特別講義ふたたび(1月21日)

新領域創造専攻の特別講義が、1月21日にも行なわれます。ホストは安全学系の山本俊哉研究室。かなりおもしろそうなテーマです。みんなで行こう! 試乗会が楽しみ。

「子どもの安全を守り、夢を育てる、ソフトQカーの開発〜ゆっくり走って楽しく守る電気自動車の試み」

講師:小栗 幸夫(千葉商科大学政策情報学部教授)
日時:2009年1月21日(水)午後6時から8時
会場:明治大学アカデミーコモン2階会議室(千代田区神田駿河台1-1)
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/campus.html

内容:設定したスピードをオーバーすると、運転者に知らせる。車体後部に発光ダイオードも点滅して歩行者や他の車にも伝える。それ以上加速できない。小栗先生が国のミレニアム・プロジェク助成金を得て開発したソフトQカーは、愛・地球博(愛知万博)でも走行した。最近は、各地の小学校で歩行者と同じ時速2〜6キロの速行実験を行い、時速30キロは時速15キロと比べていかに危険かを伝えている。

「車が快適さを増して『走る個室』化していることも、歩行者への配慮を忘れがちになる要因」といい、交通事故死遺族等と事故撲滅を訴えるインターネット掲示板を開設している。小栗先生は自動車と道路を中心とした20世紀の都市開発の流れを変えるものとしてソフトカーを考え、スウェーデンの速度制御研究グループやイギリスの交通被害団体などとともに、自動車の速度制御を国際的に訴える活動もしている。このことは先生の近著『脱・スピード社会』(清文社刊)で紹介される。

今回は、ソフトカーの開発経緯、各地での実証実験、今後の展望などの話を聞くとともに、実際にソフトQカーに触れ、希望者には講義終了後、地下駐車場で試乗会を開く。

参加費:無料(申込不要)

主催:明治大学理工学研究科新領域創造専攻
問い合わせ:明治大学理工学部山本俊哉研究室  http://www.isc.meiji.ac.jp/~onepiece/

2009年

来年は、できれば2つのビエンナーレ(隔年開催)の行事に行きたい。

まず、絶対に行くのは山形国際ドキュメンタリー映画祭。その名声を知り、関連上映を東京では何度も見ているけれど、肝心の山形での本番に行ったことがない。来年は10月8日から15日。大学院ゼミの旅行として、全員で行きたいと思っている。そういえば坪内祐三さんも、これにはふらりと出かけてゆくと、どこかで書いていた。来年、山形で会いたいもの。

ついでマリ共和国の首都バマコでのアフリカ写真ビエンナーレ。その出品作品の驚くべき斬新さは、今年、2007年の作品を横浜で見て思い知った。おそらく6月ごろか。アフリカ大陸に足を踏み入れるには、いい機会だ。

いろいろな予定でカレンダーが埋まりはじめているが、未知との遭遇という気持ちを忘れずにやりたい。そして中国語の勉強!

Friday 26 December 2008

降誕祭はVARIG

クリスマスの夜、何か忘れていたと思ったら、今年はまだこれを聴いていなかった。

http://jp.youtube.com/watch?v=bm_TgirPrMM&feature=related

やっぱり、いい歌。

Wednesday 24 December 2008

南米とは人生にとって何だったのか、何なのか?

きょうは年に一度の、南米仲間との集い。長らくブエノスアイレスで会社を経営してきた、ぼくらの大恩人である森山さんを囲んで、今年は5人が集まった。

それぞれの職業はコンサルタント、ミュージシャン、舞台芸術家、小説家、そして英語教師(ぼく)。みんなそれぞれに、20代で出会った南米の強烈さを、その後の20数年、反芻しながら生きてきた。(残念ながら写真家の港くんや弁護士の三山さんらは外国にいて欠席。)

話はつきない。発想のもとになるような細かいエピソードが目白押し。ところが、いったん別れてしまうと、もはや思い出せないのもおもしろい。忘れられて、なおも残ってゆく何かが、たぶん肝心なところ。

いまは舞台美術の研究をしている佐野くんがいうには、美術史の世界ではいろいろなディジタル・アーカイヴが充実してきて、現物を見たことがないものについてまで論文を書けるようになってきたが、それって意味があるのか? 「現物」の、オリジナルの、いい知れない臨在感は、いよいよ人生の目的になるだろうと、ぼくも思う。この点は、DC系の大きな課題。

小説家の佐川くんの体験談は、いつにもましておもしろい。何のごまかしもなく、精神のギリギリの縁を研いでゆくのが作家の仕事。いずれゲストとしてDC研などに来てもらおうと思っている。

不思議なのは、われわれ全員が、何者でもないときに、南米を通過してきたということ。そしてただの学生だったころからのわれわれの変容をずっと何もいわずに見てきてくれた森山さんの、懐の深さ。

あとはそれぞれの体験を、どんな風に中継していくかにかかっている。

Tuesday 23 December 2008

DC系、リレーのはじまり

月曜日、今年最後のアキバでの倉石ゼミ終了後、DC系の忘年会があった。修士1年のみんなに加えて、内定生のうち8名も参加。まだまだ波瀾に富んだ運動体だけど、すでにこうして伝統形成がはじまっている。

食べ放題のしゃぶしゃぶで、みんな野獣のように食べた! 中村くんの誕生日とのことで、手作りのバースデーケーキも、おまけに! 幹事の遼太くん、ごくろうさん。

ぼくの研究室には中国人の女の子ふたりが入るので、来年は本腰を入れて中国語を学ぶつもり。発音がむずかしいけど、せめて筆談を、正確にできるよう! パコのともだちで、やはりモンレアル出身のダニエルも、鹿児島からかけつけてくれた。将来、ぜひDC系に来てほしいと思う。日、中、仏語の乱れ飛ぶゼミにしたい。

関係ないが、アキバにむかうまえに神保町の上島珈琲店で黒糖ミルク珈琲を飲みながら(そのときはずぶぬれ)、店に飾ってあったシンディー・シャーマンの写真集(いろんな映画の場面をやってる、有名なやつ)を見ていると、序文にこうあった。

I was always glued to the television when I was a kid, and I loved movies. There was one show, The Million Dollar Movie, that played the same film over and over every night for a week, so you could really know it by heart.

おなじ映画を7回は見よう、という教訓として受けとめたい。

Monday 22 December 2008

暖かい夜

冬至の夜だというのに、なんという暖かさ!
気温はたぶん18度くらいあるのでは。
風の強さが気持ちいい。風は強ければ強いほどいい。
いつまでも残っていた銀杏の黄色い葉っぱが、今晩すべて落ちるだろう。
歩道にはすでにあちこち、黄色い吹きだまり。

Sunday 21 December 2008

宮内勝典さん

きょう、終末の年末の週末の閑散とした生田キャンパスで、小説家の宮内勝典さんをお迎えして、DC系大学院特別講義を開講した。宮内さんがいらっしゃるというので、田口ランディさんも遊びに来てくれて、一緒に佐藤文則さんの写真展「ダンシング・ヴードゥー」を、佐藤さんご自身の解説付きで見る。

講義のタイトルは「惑星的アイデンティティにむかって」。ネーションや宗教の対立を超えて、この惑星そのもののネイティヴとして生きる道を模索しようという呼びかけ。発想が理系だの文系だの芸術系だのといった枠にはまっているかぎりどうにもならない、ということだけは、みんなはっきりわかったと思う。

終了後も、みんなで遅くまで話す。大学院授業なのでいちおう広報なしで行なったのだが、口コミという最良のコミュニケーション形態によって思いがけない人が何人も来ていて、しかもそれぞれ複雑なかたちでむすびついている。非常に不思議な感じがした。おもしろかった。

そして懇親会の準備と片付けを一手に引き受けてくれた同僚の清岡さんには、心からのお礼を。

新年には宮内さんの連載長篇がはじまる。『焼身』の主題が、どんなかたちで延長されてゆくのか。心して待ちたい。

Friday 19 December 2008

ジェシカ・アルバ

驚いた! いつのまにかアメリカ・フェレーラが『私自身の見えない徴』の主演(モナ役)を降りて、代わって登場したジェシカ・アルバにより撮影は進行中だそうだ。いずれにせよ完成が楽しみ。

http://www.imdb.com/title/tt1212454/news#ni0598595

アメリカは結局『アグリー・ベティ』との調整がつかなかった模様。原作のモナのイメージには、たしかにジェシカのほうが近いかもしれない。

Thursday 18 December 2008

本のサロン

日本でフランス語の翻訳に関わった人なら、いちどはお世話になっているのがフランス著作権事務所。本郷三丁目にある同社が、このたび図書室「本のサロン」を開室した。

オープンしてからなかなか行けずにいたのだが、水曜日、やっと訪問。すごい、かっこいい空間だ! 緑を基調とした落ち着いたインテリアに、フランス語のいろいろなジャンルの新刊書がぎっしり並べられていて、自由に手にとって見ることができる。ここを一種の苗床として、またたくさんの本が育ち、実をつけてゆくだろう。

来日する作家たちも、ここにはしばしば立ち寄ることになりそうだ。一度に入れるのは、床にすわってもせいぜい15人くらいだろうけれど、朗読会とか、読書会とか、ときには開いてみると楽しそう。

壁が本でおおわれているため、とてもしずか。雪が降れば、東京のまんなかとはとても思えないくらいしずかになるだろう。

思い出にもならないもの

「すべての旅はさまざまな小さな思い出 [レミニサンス] を、隠し、またあらわにする」(ミシェル・オンフレー『旅の理論』)。

旅のあいだは心が活性化されていて、ふとしたきっかけに忘れていたいろいろなことを思い出す。でも旅はまた忘却にもよくむすびついていて、自分の人生の主流をなすコンテクストから離れることにより、心を悩ますあれこれを忘れる役にも立つ。

旅を終えて日常に帰ったとき、旅を思い出すことはそれだけで心に強い刺激を与え、時空の隔たりをまざまざと実感させることになる。その陰では多くがすでに忘れられ、忘れたことさえ忘れてしまった細部は自分が出会うことのなかった世界のすべてと同列に並んで、マリン・スノウのように海底に降り注いでゆく。しずかだ。しずかだ。非情な無音。何も起こらないことの無音。

といったことを、いまこうして改めて書いてみると、それだけでなんだか暗い気持ちに。それは悲しいことを思うがゆえの悲しさではなく、展開への可能性がありながら果たされなかったあれこれが、現実へと浮上することなくいつしか実現可能性さえすっかり失ってしまったという、容赦ない事実に対する悲哀だ。世界のほとんどは、自分にとって「思い出にすらならない」という、絶対的な限定に対するさびしさ。

それに苛立ちを覚えるとき、またどこかに出かけてゆきたくなる。でもこの冬は?

Wednesday 17 December 2008

人類館

火曜日、早稲田の大隈講堂で演劇集団「創造」による『人類館』の公演。強烈だった。20世紀沖縄の歴史を、荒々しい笑いにつつんで語る。3人の俳優のうまさに目をみはり、胸をつかれる。

開演前に近代美術館の「沖縄プリズム1872-2008」の学芸員の方が、この場所で上演することになった経緯を説明してくれた。大隈講堂にははじめて入ったが、ちょうどいい規模だったと思う。

美術館と大学との共催というのは、おもしろいし、もっとあちこちでいろんなかたちで試みられていい。以前から考えていることだけれど、明治でもぜひ何かやりたいもの。いずれ必ず、DC系と美術館・ギャラリーなどの共催企画を。

Tuesday 16 December 2008

2009年度

いろいろ迷っていたのだが、来年度の1、2年生むけ「総合文化ゼミナール」の題目を決めた。

1限が「ヒトはどこにいるのか?」
2限が「歩行という経験」

前者は、生物界におけるヒトの位置を考え直すために、何冊かの生物学関連の一般向けの本を読む。日高敏隆、河合雅雄、ウィルソン、ユクスキュル、ロレンツ、ダーウィン、マトゥラーナとバレーラなど。

後者は、ヒトにとっての歩行の自然史と思想史を多角的に追うもの。来年、生田図書館のギャラリー・ゼロで開催しようと思っているWALKING展の準備も兼ねている。

これ以外に、大学院ゼミでは半分はベイトソン(今学期からの継続)、半分はキットラーを読むつもり。生物学的な生存環境とメディア情報環境の接合ぶりを考えてみたい。

来年もいろんな予定が入りはじめ、ちょっと緊張。今年(どころか数年前)から完成させられずにいるいくつかの仕事を、順次かたちにしていきたい。

そして今年はあと半月。Good grief...

Monday 15 December 2008

2日め

シンポジウム2日め。

まず東欧関係のセッション。沼野充義さんの司会で、井上暁子さん、奥彩子さん、竹内恵子さんが、それぞれドイツ在住のポーランド人作家ルドニツキ、旧ユーゴの移民文学、アメリカに亡命したロシア詩人ブロツキイについて話す。どれも大変におもしろい。ぼくはブロツキイのファンなので、ロシア語が読めないのが悔しい。

ついで午後は、浜崎桂子さんが2000年代に入ってからのドイツ語圏移民文学、崔正美さんが李良枝、水村美苗、楊逸について、教えられるところの多い発表。

そして最後に、文化人類学者・前嵩西一馬さんの感動的な「沖縄表象を訛る」の熱演。いわゆる「文学」とは世界の記述の一形式に過ぎないことをはっきり思い出させてくれる、すばらしい発表だった。

その前嵩西さんに紹介してもらったのが、知念正真による『人類館』(1978年、岸田戯曲賞)の一夜一幕かぎりの東京上演。16日(火)の6時半から、早稲田大学大隈記念講堂にて。詳細は東京国立近代美術館ホームページにある。ぜひ、行こう!

名古屋市立大学に行ったのは2回め。西さん、沼野さん、今福さんらとの共同討議のためだった。それからあっというまの2年、執筆の計画は進まず。場所の再訪はいろいろなことを思い出させてくれる。次に行くまでには、少しは。今回は日曜の空の青さが印象的だった。

Sunday 14 December 2008

名古屋で

この週末は名古屋市立大学でのシンポジウム「世界の移民・亡命文学の現況と可能性」に参加。ドイツ文学の土屋勝彦さんをリーダーとする共同研究の一環。

といってもぼくは今回は司会だけ。最初のセッションで中村隆之、笠間直穂子、鵜戸聡といった若い友人たちの話を聞いて、啓蒙される。カリブ海、ルーマニア、アルジェリアの作家たちをめぐる話で、そのあまりのひろがりに頭がクラクラした。司会者の唯一の役目は時間を守ること。この点は、まずまず。でも質疑応答がもっと雑談的・多方向的な議論に発展してもよかったかも。これはこっちの力が及ばなかった。

それから越川芳明さんのチカーノ詩についての基調講演、山本伸さんの英語圏カリブ海をめぐる発表とつづく。

夜は居酒屋での雑談。ひさびさに会った増本さん(スイス文学)にラトヴィアの首都、港町リガの話を聞いて、行きたくなる。リトアニアの砂州とともに、いつかはバルト海沿岸へ。

Friday 12 December 2008

新領域、修論中間発表会

12日、フローベールと小津安二郎の誕生日を祝うように、われわれ新領域創造専攻の修士論文中間発表会が行われた。

9時50分の北野先生(専攻主任)のご挨拶につづいて、10時からひとり10分(発表5分、質疑応答4分、機材交換1分)というごく限られた持ち時間で、緊張感のある進行。

安全学系、数理ビジネス系、DC系の計30名の発表がすべて終わったのは、午後4時半。長丁場だったが、意義ある一日でした。

みんな、ほんとにいろんなことをやってるなあ。これからどう展開していくのか、まったく予断を許さないが、来年のいまごろにははっきりとしたかたちになっていることだろう。

修士の2年間は、たぶん一生でいちばん勉強に打ちこめるし、打ちこむべきとき。バカみたいに勉強してほしい。先週とおなじことを考えているようではダメ。と、自分にはできなかったことを学生のみんなに求めるのも申し訳ないけど。

健闘を祈る。

増村保造

秋になってから増村保造の作品を、宇野澤くんやパコたちと続けて見ていて、パコは若尾文子の大ファンになってしまった。

見たのは、いまのところ以下のとおり(年代順)。

青空娘(1957)
最高殊勲夫人(1959)
氾濫(1959)
妻は告白する(1961)
黒の超特急(1964)
清作の妻(1965)
刺青(1966)
赤い天使(1966)
華岡青洲の妻(1967)
遊び(1971)

きょう見たのは『刺青』だが、正直なところ、ちょっと物足りなかった。今までで、これはないなあと思ったのは『遊び』で、ラストシーンのむちゃくちゃさを除けば、おもしろいところがない。それに対して『妻は告白する』や『清作の妻』はよかったし、『青空娘』は最高! 『最高殊勲夫人』とともに、ほんとに楽しいコメディーだった。

来年は、寒い時期に、増村中期・後期作品の連続上映が企画されているようだ。いくつか見に行こうと思っている。

Thursday 11 December 2008

羅生門から吐噶喇へ

新宿で黒澤明『羅生門』の「デジタル完全版」。

申し分なくきれい。だが、旧版も記憶の中では光と水にあふれて美しいため、どのくらいの差があるのかは、いまは何ともいえず。そもそもデジタル修復って、どういうことをやるのか、知らない(またもや無知の告白でごめん)。こんど調べてみます。

それからphotographers' galleryにちょっと寄って、王子直紀さんの写真展「吐噶喇」。そう、あのあこがれの吐噶喇列島です。

あいかわらずシャープなイメージの連続。王子さんというと、これまで大都市のスナップが多かったので、今回は島の植物をとった(人間のいない)ものが特に印象に残った。なんとかという種類のサボテンが写っているのと、ちょっとブレた斜面(?)の写真が、ぼくの勝手な趣味。

白い部屋でひとりで見られたのがよかった。

それから急いで学習院の授業にむかい、マヤ・デーレンの『神聖騎士』を紹介(これは授業でとりあげたブラジル、サルヴァドールへの紀行文に出てくるカンドンブレとヴードゥーとの関連から)。ちょっと眠った人もいたけど、みんな半世紀前のハイチの美しさはわかってくれたみたいだった。ぜひ、佐藤文則さん写真展を、生田まで見にきてください。

Tuesday 9 December 2008

おだんご

小学生の子供が、社会科の勉強で略称を覚えているところ。

政府開発援助は「オダ」!
非政府組織は「ンゴ」!
合わせて「おだんご」!

ま、そのとおりですけど。

Hocus Pocus

某社の新人編集者、河内くんに誘われて、渋谷のクラブ・クワトロでフランスのヒップホップ・グループ、ホーカス・ポーカスを観てきました。

楽しかった! あまりに健康的で、どうしちゃったの、という感じ。小学生からお年寄りまで、みんなのヒップホップか。

一昨年、フランスのヒップホップ・ダンシングのカンパニー、ブラック・ブラン・ブールを観たときには、クラシック音楽でヒップホップを踊るかれらにびっくりしたけれど、ヒップホップを「ジャンル」として受け入れ、その背後の社会状況(端的にいって人種差別と貧困)や思想なんかとは無関係に「演じるもの」になっているところがあるのかも。そればかりではないだろうけど、そういうグループも、たしかにある。

もっとも、ホーカス・ポーカスはスポーツ感覚のある、お客を楽しませることに徹底したライヴ・バンドで、それはそれでもちろんかまわないでしょう。音楽の大切な役割なんだから。それにかれらの歌詞を耳で聴いてわかるわけでもないので、そのうち歌詞の世界をよく読んで考えてみます。

DC系の講師をお願いしている陣野さん(フランスのラップとサッカーに関する日本における第一人者)にばったり会って、終了後しばらくいろいろ話ができたのもうれしかった。突然のミニマル忘年会でした。

『BRASIL-SICK』

音楽家の宮沢和史さんのブラジル滞在記『BRASIL-SICK』が発売されました(双葉社)。いろんな人へのブラジルをめぐるアンケートに、ぼくも答えています(pp. 126-127)。

顔写真がいるといわれてテキトーに送ったら、すごくへん。マンガみたいな、なさけない顔をしています。この部分だけ、訂正シールでも貼ってもらえないかな。

本は、仁礼博さんの写真がいい。

Sunday 7 December 2008

American Megamix

写真美術館収蔵品展「ヴィジョンズ・オヴ・アメリカ」の第3部、「アメリカン・メガミックス」へ。通しチケットをもっていたのに第2回「わが祖国」は結局見逃し、第3回も最終日になって、やっと。

さすがにすごい。大家たちの名作が、惜しげもなく並べられている。入口の、ウィリアム・クライン、ロバート・フランク、リー・フリードランダーに、まず見入る。都市のスナップは、以後何をどうとっても、かれらの文法の中に収まる。三人ともすごいが、ぼくの趣味はフリードランダーの整然としたコンポジション感覚。

ギャリー・ウィノグランドやダイアン・アーバスといったモンスター写真家たちももちろんいいが、われらが北島敬三の若いころの代表作であるニューヨークの連作は、やっぱり強烈に輝いている。DC系に北島さんを先生としてお迎えしていることの幸福を、みんな噛みしめてほしい。アキバの片隅で、あの少人数で授業を受けられるんだから! 写真を見て、見て、見まくるという経験を、ぜひ。

ぼくがいちばん好きなのはリチャード・ミズラックの砂漠写真で、これにはしばし没入。やっぱりむちゃくちゃにかっこいい。クロモジェニック・プリントの色合いの鮮やかな奇妙さとともに、恐ろしい魅力。

そして今回の大きな収穫は、ヴェトナム戦争を取材した戦場の写真家たちの作品。石川文洋、岡村昭彦、沢田教一という3人の写真(きわめて有名なものもいくつも含まれている)を見て、いったい戦場で何を思いどんな日々を送っていたのか、想像できないことを想像。なんという生き方だろう。

ヴェトナム戦争はぼくの小学生のころ。小学校の壁に貼られる「小学生ニュース」的な壁新聞に、ときおり戦場の写真がとりあげられていた。いまでも覚えているのは、アメリカ兵が射殺したヴェトコンの死体を靴で踏みつけながら、狩りの獲物のように勝ち誇っている写真。キャプションに、「このあとアメリカ兵は銃剣で死体の腹を裂き、肝臓をとりだして生で食った」とあったのに、強烈な吐き気を感じた。

ニコラス・ニクソンの「ピープル」連作もいい。こういう写真は、つねに見ていて楽しい。それから2階にゆき、日本の新進作家展vol.7「オン・ユア・ボディ」を見たが、その中では朝海(あさかい)陽子の「自宅で映画を観る」人々をとったシリーズが、特に気に入った。これもクロモジェニックの大きなサイズのプリント。朝海さんは川崎市在住だそうだ。生田のキャンパスにお招きする機会を作れないものかな、と思った。

大学院入試2期は2月26日

われわれの大学院、新領域創造専攻DC系の2期入試は2009年2月26日です。募集は若干名ですが、やる気のある人はいつでも大歓迎です。

すでに募集要項の頒布がはじまっています。出願期間は1月20日から30日まで。

http://www.meiji.ac.jp/sst/grad/examination/

ぼくの研究室はすでに内部進学と8月の1期入試で4名が内定しています(うち2名が留学生)ので、あと1名、多くて2名の人を受入れる準備あり。現代社会のさまざまな問題を、経験を、100年、1000年、1万年、100万年のスパンで考えてみようという人を求めています。

「ネオ・トロピカリア」

東京都現代美術館にて開催中の「ネオ・トロピカリア」、カタログがついに完成しました。われらが近藤一弥さんがデザイン。カラフルで楽しい世界が、ページごとに躍動しています。

ぼくはエッセー「ファヴェーラが生み出す光」を寄稿。68、69ページです。

「フィガロジャポン」12月20日号

「フィガロジャポン」は年末恒例の読書特集。今回はもともと「少女時代の自分に読ませたくない毒のあるファンタジー」というテーマで3冊の選択を依頼されました。

少女だったことがなくファンタジーというジャンルも知らないぼくとしては、知性こそもっとも反社会的な毒だという立場から、数学・神学・哲学(の周辺)の3冊を選んでみました。65ページをごらんください。

アンケート以外では、大竹昭子さんによるナンシー・ヒューストンさんのインタビューを興味深く拝見。

Saturday 6 December 2008

「アフンルパル通信」

「アフンルパル通信」6号が完成。札幌の書肆吉成から届いた。

1年3回発行なので、これで丸2年か。ひとり北の都会で古書店を営む吉成くんのがんばりに頭が下がる。書肆吉成の「目録」第1号ももらって、どうもありがとう! 「アフンルパル通信」の題字が吉増剛造師匠、「目録」の題字が山口昌男老師とは、吉成くん、それだけで生涯の栄光だね。目録のインプットだけで、相当な作業だったでしょう。おつかれさまでした。

充実の6号、ぼくは連作「Agendars」のアラビア数字13から15までを寄稿。これでやっと18編になった。128編で1冊の詩集にするつもりなので、まだまだ道は遠い。

改めて、この小冊子の版型のよさを思う。みなさん、ぜひ定期購読しましょう! http://camenosima.comまでどうぞ。

Friday 5 December 2008

タルコフスキイ

アキバの授業からの帰りがけ、書店で立ち読みしてて、驚くべき言葉に出会い、釘付けになった。

「私が映画をモンタージュの芸術だと認めないもうひとつの理由は、映画がスクリーンを超えて延びてゆくのを、モンタージュが妨げるからである。つまり、観客が目の前の白い布に観ている対象に、自分の経験を参加させる権利を与えないからだ。モンタージュ映画は観客に判じ絵や謎を与え、シンボルを解明したり、比喩を楽しむよう強制し、観る者の知的経験にアピールしようとする。しかし、これらの謎は、あいにく正確に形式化された答えを持っているのだ」(『タルコフスキイの映画術』、扇千恵訳、水声社、166ページ)

「観客との出会い」の中で、映画そのものが生きはじめる人生とは?

そういえば、タルコフスキイからも、ずいぶんひさしく遠ざかっている。

Thursday 4 December 2008

高橋悠治+上野信一

3日、津田ホールにて、ピアニストの高橋悠治さんとパーカッショニストの上野信一さんのデュオ・リサイタル。

パーカッション・ソロの「狼」、ピアノ・ソロの「子守歌」と「アフロアジア的バッハ」。ついで第2部ではすべて新作初演で、ピアノとパーカッションの「打バッハ」、パーカッションの「コヨーテ・メロディ」、ふたたびデュオの「花の世界」と、充実の時が続く。

抑制のきいた気持ちのいい演奏。特に上野さんの多彩で丁寧でソウルフルな演奏にふれるのははじめてだったが、ビーンと響いてきた。

昨年、スイス大使館主催の「ブレーズ・サンドラール生誕120周年」イベントでご一緒して以来の高橋さんは、いよいよ洒脱な、独特な精神のたたずまい。新作がネズパースやヤキといった、アメリカ先住民のエスノポエティックな世界から題材を得ているのが、ぼくにはうれしい。興味がある人は、ぼくの『コヨーテ読書』も、ぜひ見てください。

「アフロアジア的バッハ」は、今福龍太さんが主宰する奄美自由大学で、ちょっとまえに、奄美の木造のキリスト教会を巡歴しながら悠治さんが演奏された曲だそうだ。その場に立ち会えなくて、残念だった。

ともあれ、楽しい夕べでした。お招きいただいた杉山直子さん、ありがとうございます!

Wednesday 3 December 2008

ヨロボン

以前京都で発行されていた、美学者の吉岡洋さんが編集長を務める雑誌「Diatxt.」が山口情報芸術センターに場を移し、市民編集グループ「編脳研」の共同作業として作られた山口版「ヨロボン」が届きました。「ヨロ」とは何? 横に倒してみるなら、あらふしぎ、「山口」そのもの。

おまけにオビには「山口」昌男先生の言葉があるところまで、遊び心でいっぱいです。

ぼくは妙に憂鬱な読書エッセー「<声の花>と眠る書物」を寄稿しました(pp.122-128)。今年のお正月に書いたものですが、その後の一年も読書の技術や方法論に関して、まるで進歩がなかったのを反省。

吉岡さんの活動ぶり、編集センスには、ほんとに脱帽です。ついこのあいだぼくも訪れたせんだいメディアテークでは、11月29日から吉岡さん監修の高嶺格「大きな休息」がはじまっています。東奔西走するのも、哲学者の心意気。

いつか、DC系にも、ぜひお呼びしたいと思います。

増山たづ子写真展

新宿のコニカミノルタプラザで、増山たづ子さんの写真展「遺されたネガから」を見てきました。

行ったこともないのになつかしいものとなった徳山村の生活と情景が、ここにもまた、ここにもまた。先月、中国でダムによる記憶の破壊の話をしたばかりだったので、なんともジンと来ます。

名古屋テレビ制作の、たづ子さんの姿を追った短い番組を見て、ついほろり。そして知らなかった新聞記事をいくつか読んで、どれもおもしろかった。たづ子さんが愛用していたピッカリコニカ開発者の方の、「技術者冥利につきます」という言葉。それはそうだろうなあ。またたづ子さんの甥にあたる、村の小学校の先生で児童文学者だった方が語る、カメラと出会うまえのたづ子さんの、病にふせりがちな暗い時代の姿にもハッとさせられます。

たづ子さんのあのすばらしい明るさは、写真と出会ってからのものだったとのこと。男手がないと村の共同作業に参加できないため、戦後ずっと他の村人たちに負い目を感じながら暮らしていたにちがいない、ということ。また、たづ子さんが戦争で夫を奪われ、ダムにふるさとを奪われという面ばかりが報道では強調されるけれど、村の女たちは概して戦争のときはよろこんで男たちを送り出し、ダムによる移住をよろこぶ人も多くいたのであり、マスメディアの物語をそのまま信じてはいけないという指摘も、もっともだと思いました。

そうしたすべてをひっくるめて、この、ときにはピンぼけの写真がもつ意味の、大きさに打たれます。来週9日(火)まで。新宿を通る機会があったら、ぜひ立ち寄ってください。会場は東口、高野の4階です。

Blue Planet Constantly Walking

きょう(2日)は佐藤文則写真展「ダンシング・ヴードゥー」の初日。それを記念して、DC系の大学院生と1、2年生のみんな(波戸岡ゼミ、林ゼミ、倉石ゼミ、清岡ゼミ)で、佐藤さんのお話をうかがう時間を作ることができた。メディアホールでの、でっかい映像つき! 充実の90分だった。

詳細は清岡さんのブログを参照。

http://tomo-524.blogspot.com/

今回の展示によって、掛け値なしに、ギャラリー・ゼロは本格的な現代写真ギャラリーとして完成したと思う。これからも、写真や美術、科学と社会の接点の表現の場として、いろいろやっていきたい。つねに協力を惜しまない図書館スタッフのみなさん、特に鬼丸さんと生田地区担当明治大学図書館副館長の浜口先生、ありがとうございました。

いまは、来年度にむけて特別展示の構想中。プランはいくつもある。

ひとつには、Walkingと題して、人類史のはじまり以来の「歩行」をテーマに、図書や映像の展示をおこなうこと。キュレーションは、宇野澤昌樹、ダニエラ・カトーと、ぼく。

「歩くこと」がテーマになっている本や映像作品の情報、大歓迎です。いつでも連絡してください。

たとえばこないだの土曜日には、友人の旦敬介くんのおかげで、むかしから見たかったブラジルのネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督のVidas Secas(乾いた人生)を見ることができた。これなんか、ブラジルの北東部を舞台に、まさに家族の歩行にはじまり歩行に終わる、恐るべき傑作だった。

石川直樹さんによると、ブルース・チャトウィンの『ソングラインズ』も新訳が出るそうだし。

ぼくのむかしからの持論は、毎日2、30キロを歩くことを中心として生活を見直せば、現代社会のほとんどすべての物質的・精神的な問題は解決する、というもの。一歩60センチとして、5万歩で30キロ。そうすれば個人も社会も、5万歩の精神と体型になってゆくにちがいない。

まずは欠かさず2万歩をめざすか。

Monday 1 December 2008

設営完了!

明日からはじまる佐藤文則さん写真展「ダンシング・ヴードゥー」の会場設営が、先ほど完了した。朝から作業してくださった佐藤さん、宇野澤くん、おつかれさまでした、ありがとうございました。ぼくはお昼から手伝っただけで、すみませんでした。石川くんも、ご協力ありがとう。そして図書館の鬼丸さん、すっかりお世話になりました。

おかげさまで、すばらしいできばえ! 驚異的なヴードゥー写真28点に加えて、ヴードゥーのドラポ(旗)やブティ(瓶)、そして充実のスライドショー。世界のどこでもほかでは絶対に見られない、ハイチの熱気がむんむんする展示です。ぜひ、生田駅から10分歩いて、見に来てください。

以下、明治大学ホームページより転載。

「ダンシング・ヴードゥー ハイチを彩る精霊たち」 
佐藤文則写真展

 フォト・ジャーナリスト佐藤文則氏の写真展を開催します。佐藤氏は過去20年にわたってハイチの人々の生活と政治状況の取材を重ねてきました。
 「世界最初の黒人共和国」「西半球で最も貧しい国」として知られるハイチ。佐藤氏の写真には、ハイチの人々の過酷な生活が克明に写し撮られています。強烈な衝撃を受けます。未知の土地に対しての想像が爆発的に広がります。
 ハイチの歴史や文化、人々の生活を考える上で欠かすことができないのが民間信仰のヴードゥーです。つねに空腹の生活、展望の見えない政治状況、そんな劣悪な環境でもハイチの人々はたくましく生きています。彼らが信じているヴードゥーとはどのようなものなのでしょうか。
 本展では、佐藤氏の20年におよぶ取材によって撮影された写真の中から、ハイチにおけるヴードゥーをテーマに選んだ約30点の写真を展示いたします。あわせて佐藤氏が所蔵する旗や瓶などのヴードゥー・アートも展示します。ぜひ、ご覧ください。

■会期2008年12月2日(火)〜2009年1月9日(金)
※ただし12月28日(日)〜1月4日(日)は休館。

■時間 平日8:30〜19:00 土8:30〜18:30 日祝10:00〜16:30
※ただし12月23日(火)〜27日(土)と1月5日(月)〜7日(水)は10:00〜16:30

■会場 明治大学生田図書館 Gallery ZERO
(小田急線生田駅下車南口徒歩約10分)
 MAP

■主催 明治大学大学院新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系

※一般の方もご来場いただけます。図書館入口ゲート前の呼出しボタンにて係りをお呼びください。

佐藤文則<略歴>
フォト・ジャーナリスト。明治大学文学部卒業後、1979年に渡米し、San Francisco City Collegeで写真を学ぶ。フォトエージェンシーの「Impact Visuals」(New York)、「Sipa Press」を経て、現在「OnAsia Images」(Bangkok)に所属。1988年からハイチ取材を開始。他に米国、東南アジア諸国を中心に活動する。日本ビジュアルジャーナリスト協会(JVJA)会員。
著書に『ハイチ 目覚めたカリブの黒人共和国』(凱風社)、『ダンシング・ヴードゥー ハイチを彩る精霊たち』(凱風社)などがある。

Saturday 29 November 2008

桃のピクルス、カレー味

建築学科の田中友章さんが招いて講義をお願いした、現代美術家の真部剛一さんが、宇野澤くんにみちびかれて、ふらりと研究室に立ち寄ってくださいました。

真部さんは岡山をベースにして、中国の黄土高原でも持続的に活動しているアーティスト。

http://www.artlinkcenter.net/

きょう手みやげにといただいたのが、このアートリンクセンターで作っている桃のピクルスで、これが「おっ!」と思うほどうまかった。遊びにきていたポルトガル人英文学者のダニエラ・カトーさんも、これはすごいと感動していた。

岡山は桃の産地。大きな実をならすために、成長途中で摘み取られてしまう実がたくさんある。梅干し大のそれを酢漬けにし、スパイスを加えてカレー味に仕上げたのが、「モモピク(カレー味)」。

実の大きさのちがいが可憐。すべてがあるインドにはあるかもしれないけど、それ以外の土地から見れば斬新きわまりない味だ。

真部さん、ありがとうございました。いつか瀬戸内海にも、中国の沙漠にも、お訪ねしたいものです。

Tuesday 25 November 2008

アフリカ系

こないだうち「オランダ」の黒人女性シンガー、ジョヴァンカ(Giovanca)をよく聴いていた。軽くて、さわやかな感じ、いい声。彼女は1977年、キュラソー生まれ。ABC諸島と呼ばれるカリブ海のオランダ領のひとつだ。

するとパコからブイカ(Buika)を教えられた。コンチャ・ブイカ、彼女は「スペイン」のアフリカ系歌手。といっても生まれも育ちもマジョルカ島で、1972年にパルマ・デ・マジョルカで、赤道ギニア出身の両親から生まれた。強烈な火がある、灼けた鉄の声。

このコンチャを教わったのは、仙台の宿で。3人でYouTubeを開けて、次々にお勧めの歌を聴いていった。パコがコンチャを出せば、宇野澤くんが友部正人とどんとのデュオ、それを受けてこんどはニール・ヤングとか。これで一晩くらいは遊べるのがうれしかった。

「思想」12月号

「思想」12月号は、まさに今週、満100歳を迎える人類学者クロード・レヴィ=ストロース特集号。

ぼくは彼の『悲しき熱帯』の原型といわれる短いテクスト「小説『悲しき熱帯』」の翻訳(pp.41-46)と、エッセー「<重力>がほどかれるとき 紀行、リズム、ブラジル」(pp.47-51)を寄稿しています。

来年の総合文化ゼミ(学部1、2年むけ)のひとつは、『野生の思考』を読む、にしようかと考えているところ。ちょっとむずかしすぎるか。でもthe real thingにふれるのに、早すぎるということはないし。さらに迷ってみます。

北上川、北上川、広瀬川、太田三郎

連休を利用して、DC系ゼミ旅行(学外実習)へ。東北4都市巡歴の、すごい旅になった。参加者は宇野澤くんとパコ。

なんといっても、川がすごかった。花巻で、イギリス海岸めざしてテクテクと歩いた北上川の土手。盛岡で、早朝の北上川を泳ぐ白鳥の優雅さ美しさ。仙台で、西公園から紅葉の雰囲気のたちこめる中を青葉城めざして歩く途中の広瀬川の美しさ。

仙台は、ほんとにいい。モントリオール出身のパコが、ここはいい!と感動するほど。山も森もいいし、仙台メディアテークは、しばらくいてもぜんぜん飽きない。ぼくが高校生なら、あるいは東北大の学生なら、毎日通う。そして毎日、太白山に登る!

仙台にひっこそうかなあ、この際。(だが、盛岡もいい、あの川沿いに住めるなら。)

それからバスで山形に出て、山形美術館で切手アートの太田三郎展。アーティストご本人の解説にしたがって作品を見て、お話しすることもできた。種子の葉書、被爆樹の切手に強い衝撃を受ける。いかにも実直なお人柄で、またゆっくりお話をうかがいたい。

東北はいい。強烈に魅力的。住みたい土地。近いうちに、また行こう、きっと。

Wednesday 19 November 2008

偉大なYouTube

で、Gong LinnaがいないかどうかYouTubeに訊いてみたら、ありました、いました。「山中問答」というこの曲だけでも、まずは聴いてみてください。

http://jp.youtube.com/watch?v=orKB3AkHVi0&feature=related

彼女と張燕(Zhang Yan)のおかげで、今年は年末まで気合いを入れてやれそう。

Gong Linna

人間の歌のおもしろさは、文化や言語や曲のジャンルがちがっても、いい歌手は一瞬でわかるということ。

地球にこれだけ人がいるのだから、めぐりあえる歌手なんて、すべてのすばらしい歌手のごくごくごくごく一握りでしかないだろう。

いちばん最近、飛び上がるほど驚いたのが、中国の民謡歌手ゴン・リンナ。ゴンは「龍」の下に「井」という一文字、リンは「琳」でナは女偏に「那」の字。

まったく知らずに聴きはじめて、最初の「走西口」(陜北民歌)にガッツンとやられた。すごい。思わず目が丸くなり、涙が出そうになる。

「西の峠を越えながら」といった意味らしいが、いったいなんという不可解な情感だろう。引き裂かれる思いだろう。これを、ニューメキシコのプエブロにもってゆき、村人たちとともに、岩山の上で大音響で聴いてみたいもの。

Sunday 16 November 2008

近藤一弥さんとの夕べ

土曜日の夜はBOOK 246で、グラフィック・デザイナーの近藤一弥さんとのトークセッション。過去10年あまりの近藤さんの代表作をスライドで拝見しながら、その充実したお仕事ぶりの一端をうかがうことができました。

美術、音楽、舞踊、パフォーマンスなどのポスター、そして本。そのつど作品の魂を踊るように立ち上がらせる近藤さんのマジックと強烈なヴィジョンに、まるで映像作品を一本見終えたような深い感動。その後の質疑応答も楽しく進み、あっというまの2時間でした。

安部公房、武満徹という、ふたりの天才の徴のもとに、形態と色彩の冒険を重ねてきた近藤さんの足跡。ぼく自身、「え、これも近藤さんだったの?」と思うものも多くて(大好きだった展覧会アントニー・ゴームリーの「アジアン・フィールド」とか)、微妙な匿名性の中で仕事をするデザイナーという仕事に改めて感じ入りました。

DC系トークセッション、次回は文学・音楽批評の陣野俊史さんです。日時は未定ですが、たぶん2月。

Fringe Frenzy No.1

ゼミ新聞Fringe Frenzyの創刊第1号、ついに発行されました!

プレ創刊ゼロ号から半年経ってしまいましたが、今回も充実の内容。安全学系の中心人物であるファジー理論の向殿政男先生へのインタビュー(by 宇野澤昌樹)、中文コラムニスト新井一二三(林ひふみ)さんによるエッセー「母語からの自由」、そして山田緑さんの衝撃の傑作7コマ漫画「アルパカの夜」など。ぼくの「リスボン日記」第2回も。

英文記事はパコによる鷲田清一『夢のもつれ』の書評と、ぼくの中西夏之展評。

今後、会う人に順次わたしてゆくつもりです。気楽に声をかけてください。

そして第2号は、すぐそこ。もう原稿は集まっています。ご期待ください!

Friday 14 November 2008

「夜来香」再説

ぼくが家に持っていた唯一の「夜来香」はおおたか静流のそれ。さすがの実力派ですが、歌詞は日本語。

有名曲だけあっていろんな人が唄っていて、日本語ヴァージョンには青江三奈とか都はるみとか、思いがけない人たちがいます。

YouTubeでしばらくあれこれ聞いて、たどりついた最高の歌手は、この人。

http://jp.youtube.com/watch?v=MCPYNcijVkE

思わず知らずぞくっとするその声と美貌。でも、この彼女でさえ、武漢のあの女の子たちの合唱にはかなわないと思うのは、なぜ?

Thursday 13 November 2008

渋谷にて

中国から帰って、成田空港から渋谷に着くと、見慣れた東京がもはや中国の一地方都市にしか見えず。漢字文化圏のfringeでかろうじてわずかな言語的・生活習慣的独自性を保ってきた日本列島民の苦境を、改めて思いました。ほっとけばあっさり飲み込まれる、巨大な存在を前にして。

中国でもっとも感動したのは、大学のキャンパスで、夜、4人の女子学生が歩きながら合唱していた「夜来香」。すばらしい歌声でした。

名曲中の名曲だけど、テレサ・テンや李香蘭の歌でも、あまり満足できず。あの4人の声は、あまりに美しく、すばらしかった。

ともあれこれからしばらくは、中国語のカタコト習得に全力をあげます。

Sunday 9 November 2008

武漢にて

中国・武漢に来ています。

台湾、香港、マカオには行ったことがあるけど、大陸中国ははじめて。乗り換えの上海空港のでかさからはじまって、とにかく驚きっぱなし。中学生のときはじめてアメリカに行って、いろんなもののでかさに茫然としたけれど、それ以来の衝撃。

旅行の目的は「文学与環境国際学術研討会」(ただし文字は簡体で)出席のため。初日に、エコクリティシズムの中心人物であるスコット・スロヴィック(ネバダ大学)がチェアを務めるパネルEcocriticism, Public Consciousness, and Social Practiceで"Hidden Under the Water, History"という発表をしたところです。

話したのは、ダムによる水没をめぐる映画・写真作品について。最近の中国映画2つ(ドキュメンタリーの『水没の前に』と『長江哀歌』という邦題で公開された『三峡好人』)からはじめて、日本では岐阜県の徳山ダム建設で水没した徳山村の写真を撮りつづけた増山たづ子さん、そして広島県の灰塚ダム建設を背景におこなわれた壮大なアート・プロジェクト「船、山にのぼる」について話し、最後に既設ダムの破壊によるもともとの生態系復元の試みについて話して、おしまい。

この主題は、ヒトによる都市化と自然の関わりについての中心的問題になりうるもので、これからいろいろ見たり考えたりしていきたいと思ってます。

夜は、同僚の波戸岡さんとともに、大学院生の女の子たちに案内してもらって、武漢の百貨店やスーパーマーケットを見てまわりました。消費生活は、日本とぜんぜん変わらない。百貨店での衣服や化粧品の品揃えなどは、たとえば扱うスニーカーの銘柄をとっても日本より品目が多いくらいだし、スーパーの巨大さはアメリカの大スーパーマーケット以上。地方都市とはいっても、周辺を入れた人口は1000万以上なのですから、消費者数の多さもあたりまえか。

スターバックスに寄ると、外のデッキにあるテーブルの隣のグループはイタリア人数名で、どこにいるのかまったくわからなくなる。

大学院生の彼女たちには「明治大学」が一発で通じたのでびっくりしたら、それはジャニーズ系のタレント学生のおかげでした。木村拓哉も、すごい人気でした。

案内してもらった上に、武漢の名物「周黒鴨」(アヒルの首を辛く味付けしたもの)をプレゼントしてくれて、どうもありがとう。なかなかおいしい。強烈な匂いがする臭豆腐も名物みたいですが、そっちはまだ試していません。

明日はEcocritical Studies of World Classics: American Literatureというセッションのチェアを務めます。街をもっと歩いてみたいけど、時間があるかどうか。

Thursday 6 November 2008

BOOK 246で

DC系トークセッションの第2弾、デザイナーの近藤一弥さんの回が、いよいよ来週です。


BOOK246×明治大学DC系 連続トークセッション

見えるもの聞こえるもの ― What We See, What We Hear

第2回 近藤一弥 × 倉石信乃 × 管啓次郎「いま、デザインとは何か」


美術展ポスターから文学全集まで、幅広いデザイン活動を展開する近藤一弥さんを迎え、デザインの可能性を探ります。
近藤一弥 Kazuya Kondo:グラフィックデザイナー、アーティスト。www.kazuyakondo.com

倉石信乃 Shino Kuraishi:批評家、詩人。明治大学DC系准教授。

管啓次郎 Keijiro Suga:翻訳者、エッセイスト。明治大学DC系教授。


2008年11月15日(土)18:00~20:00
会場:BOOK246店内 入場料:500円 定員:30名(要予約)

予約・問合せ先:03- 5771- 6899(BOOK246)/info@book246.com



BOOK246

〒107-0062 東京都港区南青山1-2-6 Lattice青山 www.book246.com

東京メトロ半蔵門線・銀座線、都営大江戸線「青山一丁目」駅より徒歩1分


近藤さんの代表作である「安部公房全集」他の本も、たぶん当日、書店で買えますよ。ぜひ予約して、遊びにきてください。

友だちの木

このところ、増山たづ子さんが遺した写真を集めた『増山たづ子 徳山村写真全記録』(影書房)をくりかえしくりかえし見ている。

そして「友だちの木」のページ(見開き)にくるたびに、胸がどうにも苦しくなる。

言葉だけ、転写。116ページと117ページ。

「イラの友だちの木は、嬉しい時も悲しい時も、いつも慰めてくれた。若い時は至らんもんで、グチをいうと「何をトロクサイことをいうのじゃ、このワシを見よ、大水が出れば根を洗われ、大風がきて枝を折られてもこうして何百年も立っておるのじゃあど」といって力づけてくれた。「イラも頑張ろう」。子どもと一緒に歌を唄いながら洗濯物を干した」

「雪が止んだので友だちの木はどうしているかなーと思って川に降りてみた。「イラも年とったがお前も年をとったような気がする。長いつきあいじゃが、これからも話し相手になってクリョー。ここがダムで沈んでしまうとイラはだれも話し相手がのうなってしまう。イラも死にたいくらいだ。お前と別れるのは本当に辛いコッチャー。残るのはお前の写真だけだもんなー。寒さにも暑さにも悲しみにも負けないお前の勇気を見習わなくてはなー。情けない。水に沈むお前をどうしてやることもできない」

写真という不思議なモノのすべての意味は、結局、ここに率直に語られる、それだけでいいのではないかと思えてくる。

ついに

オバマ大統領が現実になるのか。

自分より年下の合衆国大統領が生まれるのも、驚きつつ、楽しい。日本でも、首相は50歳未満といった不文律ができれば、ずいぶん変わるだろう、いろいろ。

アメリカがふたたび「試みの国」に戻ってゆくところを見たい。

Wednesday 5 November 2008

「元社長」とか、「プロデューサー」とか

小室哲哉氏が逮捕されて、NHKはアメリカ大統領選関連の数倍の時間を使って、この件を報道していた。

時間配分を誰が決めるのか知らないが、そしてこの時間配分はまったく無用だと思うが、それはともかく。

報道で一貫して同氏を「小室プロデューサー」と呼ぶのは、どういう感覚だろう。

故・三浦和義氏に関しては「元社長」とか。

そうした奇怪な称号をすべてヤメて、ただ「〜氏」というのでは、なぜいけないのか。

あるいはまた、一般には「男性」「女性」と報道し、犯罪者になると「男」「女」になるのも気に入らない。「男」「女」は蔑称だとでも考えているのか。

そしてこうしたすべてに「国語学者」たちは、なぜ疑念を呈さないのか。

Tuesday 4 November 2008

Saudade do futuro?

11月12日、以下のような催しがあるそうです。ぼくは大学の業務で行けないけど、おもしろそう。誰か行ったら、ようすを聞かせてください。


未来への郷愁——21世紀の文芸を切り拓くために
多和田葉子さんを迎えて
——トーク・朗読・シンポジウム——

日時 2008年11月12日(水)午後3時30分〜6時30分 (開場午後3時)
場所 東京大学(本郷キャンパス)
法文2号館1階 文学部3番大教室(定員300名)

キャンパスマップ: http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_01_02_j.html
交通: 地下鉄丸ノ内線・大江戸線「本郷3丁目」、南北線「東大前」、千代田線「根津」などからいずれも徒歩10分。法文2号館は、東大正門から安田講堂(時計台)に向って直進し、右側二つ目の建物です。
入場無料・事前登録不要。どなたでも聴講できます。

プログラム

15:30-16:15 多和田葉子 トークと朗読「声と文字のはざまで」

16:30-18:30 シンポジウム「越え行くもの/ととどまるもの」
パネリスト 多和田葉子
      細川周平(国際日本文化研究センター/音楽学・ブラジル移民文化研究)
      沼野充義(東京大学/ロシア東欧文学・現代文芸論)
司 会  楯岡求美(神戸大学/ロシア演劇・文化)

共催 日本学術振興会人文社会科学振興プロジェクト「越境と多文化」/科研費研究グループ「グローバル化時代における文化的アイデンティティと新たな世界文学カノンの形成」/東京大学文学部現代文芸論研究室

問い合わせ先 東京大学文学部現代文芸論研究室
  〒113-0033 東京都文京区本郷7−3−1 電話・ファックス 03-5841-7955



パネリスト紹介

【外に出る】この世界にはいろいろな音楽が鳴っているが、自分を包んでいる母語の響きから、ちょっと外に出てみると、どんな音楽が聞こえはじめるのか。それは冒険でもある。(多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』岩波書店、2003年)

【間を漂う】亡命者は故郷というユートピアを追われ、もう一つのユートピアを求めてさすらうのだが、決して究極の目的地に行き着くことはなく、「間」を漂い続ける。(沼野充義『徹夜の塊 亡命文学論』作品社、2002年)

【内に囚われる】私が考えたいのは、知識人にしか見えない「真のヴィジョン」には無頓着で、故郷に囚われている多数者のこと、(中略)彼らの故郷への思いである。(細川周平『遠きにありてつくるもの 日系ブラジル人の思い・ことば・芸能』みすず書房、2008年)

Sunday 2 November 2008

スタッズ・ターケルを讃えて

スタッズ・ターケルの逝去が報じられた。96歳。10月31日に亡くなったそうだ。アメリカの、もっとも偉大なオーラル・ヒストリアンだった。

http://www.chicagotribune.com/news/local/chi-studs-terkel-dead,0,2321576.story

彼のインタビュー本は、どれもすべてが、全ページがおもしろい。ひとりの歴史家の著述ではなく、多くの人々の生の語りの中に歴史の真実が露呈することを教えてくれたのは、彼。翻訳もいくつか出ているので、ぜひ読んでみてほしい。

「アメリカ」という集合体について、他の誰よりもよく教えてくれた。もちろんそれはスタッズひとりの力ではない。彼において収束する、すべての人々の心の力。

そしてぼくにとっては、シカゴのあの独特に自由な空気が、ターケルにむすびついている。ニューヨークにもLAにも似ていない、あのブルーズィーな空気が。たぶん、もっとも「アメリカ的」な。

彼に倣った仕事は、どんな国のどんな集団を相手にしても試みられていい。

Saturday 1 November 2008

トビウオ、おむつ

夜、なんとなくテレビを見たら、日放協でトビウオ漁のドキュメンタリーをやっていて、これがすばらしかった。ミクロネシア、インドネシア、台湾、日本。すごく充実していると思ったら、やはり門田修さんの作品で、文化人類学者の後藤明さんも協力していた。

台湾の離島の漁民たちが、卵のみならず大きな目玉も、「さしみ」と称してたっぷり生で食べているのが印象的。そのおかげで、目が悪くならないのだそうだ。一理あるかも。

ところで太平洋の漁労文化の研究者である後藤さんは、ぼくのハワイ大学人類学科での先輩。ハワイでのぼくの愛車の前オーナーでもあった。アパートのまえは坂道なのだが、走り出しは上り方向には行けない。まず坂を下りて、しばらく平地を走ってエンジンを温めてから、おもむろに上り坂に戻った。それは楽しい儀式みたいだった。車は500ドルで後藤さんから買い、半年ほど乗って、ハワイを去るとき中国系タヒチ人のルネに250ドルで売った。

もうひとつ、最近びっくりしたニュース。昨日(木曜日)の朝日新聞の朝刊だが、おむつを使わずに子育てをしている人たちがいるそうだ! 考えてもみなかった。生後まもないころからおまるを使わせ、ころあいをよく見計らっていれば、特に汚さなくてもすむらしい。

紙おむつを使い捨てにし、しかもその製品の性能がよければよいほど、おむつがとれる時期は遅くなる。もともと日本でも昭和20年代までは、おむつは2か月でとることが勧められていたのだそうだ。「2歳以前に無理にはずそうとすることは赤ちゃんの心理的負担になる」という考え方は昭和40年ごろあらわれ、紙おむつの登場と軌を一にしていたとのこと。

これは根本的な発想の転換。ますます、すべての生活上の慣習は疑ってかかるべきだ、と思う。紙おむつは当然、アメリカから来たものだったろうし、その導入を支えた心理学主義も、やはりそうだったろう。おむつの使用といった根本的な問題ですら、ほんのわずかな期間でがらりと変わるものだ。

ぼくなんかは、「布おむつの末期に育ち、紙おむつで子育てをした世代」だということになる。そしてこの世代すら、歴史上のあるごく限られた一時期のスタイルだった、ということになるのだろう。

Thursday 30 October 2008

ル・クレジオについての記事

先日、ル・クレジオのノーベル賞受賞が決まった晩、深夜に時事通信からうけた依頼でほぼ徹夜で書いた記事(5枚)が、いくつかの新聞に配信されていた。掲載紙のいくつかが、まとめて送られてきた。

神奈川新聞(10月15日)、北日本新聞(15日)、苫小牧民報(16日)など。見出しはおまかせなので、各紙によってちがうのもおもしろい。「比類のない想像力、硬質なみずみずしさ」「極度の鋭敏さ魅力」「比類なき『硬質なみずみずしさ』」など。

ともあれ、来年は彼の故郷であるモーリシャス島/ロドリゲス島への旅を果たしたいもの。

ヴァレリー/クレイン

きょう10月30日はポール・ヴァレリーの誕生日(1871年)。そしておなじ年の11月1日にはスティーヴン・クレインが生まれた。

使用言語もスタイルも思考の癖もまるでちがうこの二人の詩人について、星座の影響を語るのはむずかしそう。だが、このところ、夭折したアメリカ詩人クレインの天才に衝撃をうけつづけているので、きょうは彼の短い詩をふたつ、ここに紹介しておく。いずれもタイトルはない。


おれは砂漠を歩いていた。
そして叫んだ。
「ああ、神よ、私をここから連れ出してください!」
声が聞こえた。「ここは砂漠ではない」
おれは叫んだ。「ええっ、でも----
砂と、熱と、空っぽの地平線」
声が聞こえた。「ここは砂漠ではない」


風に乗ってささやき声が聞こえた。
「さよなら! さよなら!」
小さな声が暗闇の中で呼んだ。
「さよなら! さよなら!」
それでぼくは両腕を前にさしのべた。
「ちがう----ちがう----」
風に乗ってささやき声が聞こえた。
「さよなら! さよなら!」
小さな声が暗闇の中で呼んだ。
「さよなら! さよなら!」


ほんの数行で、なんという驚くべき世界。クレインについては全訳詩集を準備しようと思っている。どこか出してくれる出版社が見つかればいいんだけれど。見つからなかったら、新聞紙の大きさの紙の表裏に印刷したものを、自分で作ってみようか。

みんなが忘れたころにひょっこり完成するかもしれないので、お楽しみに!

Tuesday 28 October 2008

暑すぎる秋

まだ半袖、昨日も。いくらなんでも暑すぎる。秋はどこに行った?

いろいろな行事は順調。24日(金)のDC系主催トヨダヒトシ・スライドショーは、大きな階段教室がゆったりと埋まる数のお客さんを迎え、ぶじ終了。トヨダくんの世界を初めて体験した人たちの感動の声を、いくつも聞いた。

暗闇の中、移りゆくイメージを見ているうち、いつしか彼の生活のそばに自分もまたずっと幽霊のようにたたずみ、すべてを経験してきたかのような、不思議な気持ちになる。参加してくださったみなさん、ありがとうございました。伊藤くんをはじめとする実行委員会のみなさん、ごくろうさま。和泉の写真部のみなさんも。

27日(月)の水田拓郎さんのレクチャーとライヴも、ぼくはまったく知らない電子音楽の世界だけど、たっぷり楽しめた。紹介されるミュージシャンたちは「おおっ!」と思う人たちばかりだし、水田さんが関わっているアムステルダムのSTEIMの活動も興味深い。

アムスがおもしろいということはいまさらいうまでもないんだろうけど(ぼくらの学生時代からいわれていた、いや、スピノザの時代からいわれていたか)ぼくはいったことがない。いずれは、そんな機会も(でもオランダ系の土地で行きたいのはカリブ海のABC諸島)。

余談だが、水田さんはお名前をアルファベットではTakuro Mizuta Lippitと記している。映画研究のAkira Mizuta Lippitと関係があるんだろうか(ご兄弟?)。これは聞きそびれた。

この秋はフランスのいい作家たちの来日が相次いでいるのだが、講演会は、どれにも行っていない。ちょっと自分の仕事が多すぎて。そうこうしているうちに、中国行きも目前になった。

Wednesday 22 October 2008

水田拓郎ライヴのお知らせ

来週の月曜日、第11回ディジタルコンテンツ学研究会として、DJ・電子音楽家の水田拓郎さんのライヴを開催します。ホストはDC系・宮下芳明さん。こんな機会はめったにありません。ぜひ、どうぞ!


 このたび、第11回ディジタルコンテンツ学研究会では、オランダ アムステルダムに拠点を置く電子音楽センターSTEIMの水田拓郎氏が帰国されている期間に明治大学で講演・ライブをしていただくことになりました。これまでの活動、音楽やその演奏のためのインタフェース開発についての姿勢について講演いただくとともに、ライブ演奏もいただく予定となっております。

日 時:10月27日(月)18時00分〜19時30分
場 所:生田キャンパス 中央校舎6階 メディアスタジオ
明治大学 生田キャンパス アクセスマップ
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/ikuta/access.html
ゲスト:水田拓郎
ホスト:明治大学理工学部情報科学科 宮下芳明 専任講師

水田拓郎 プロフィール:
1978年生まれ。1995年よりDJとしてアンダーグラウンド電子音楽シーンで活動する一方、smash TV productionsを組織してジャンルを超えたイベントを東京各所で開催。2001年慶應大学文学部美学美術史学科卒業、同年に研究員として熊倉敬聡、芹沢高志らとともに学術フロンティア・インターキャンパスプロジェクトの立ち上げに関わる。2004年ニューヨーク大学インタラクティヴ・テレコミュニケーションズ(ITP)学科でTom Igoe、Eric Singerの師事のもとフィジカル・コンピューティング修士課程修了。翌年に文化庁新進芸術家海外派遣制度のもとオランダ・デンハーグのソノロジー・インステュートとアムステルダムのSTEIM電子音楽楽器スタジオに在籍する。近年はSTEIMのアーティスティックディレクターとしてリサーチ、キュリエーション、アーティストレジデンシープログラムのディレクションを任される。ユニークな演奏ツールを製作/使用しながら、楽器としてのターンテーブルの独自性を追求し精抑楽器としてのターンテーブルの独自性を追求し、精力的にライブ活動を行っている。
(参考) http://www.djsniff.com

      

チャランケ

11月1、2日の週末は、中野のチャランケに行こう!

http://www.charanke.com/index.html

でも、チャランケって何? じつはよく知らない。北海道と沖縄を背景にもつ同僚の浜口稔さんのお勧め。アイヌと沖縄、そして世界の先住民文化のお祭りらしい。

これは楽しみ。では、会場で。

Sunday 19 October 2008

照屋勇賢?

同僚の清岡さんがブログに記している沖縄出身のアーティスト、照屋勇賢。

http://tomo-524.blogspot.com/

これはすごい、おもしろい。清岡さんは、彼のことを、同僚の倉石さんに聞いた。倉石さんも、最初どこかで誰かに聞いたはず。この伝言ゲームを遡上してゆくと、結局、ゆきつくのはアーティストその人の生身の現場。

この構造が、おもしろいと思う。つまり、あらゆるコトバの編成の中心にあるのは、何かほんとに新しいものを作り出した人であり(ジャンルが何であれ)、その「もの」を核として、コトバという使い古されたものが新たに位置を整え、新鮮になるということ。

マクドナルドの紙袋をひとつの樹木として再生させる、このヴィジョン。すごい。感嘆する。

ところで勇賢さんて、りんけんバンドの林賢さんと関係あるのかな。いつか北谷に見にいきたい、りんけんバンド。

佐藤文則写真展@ギャラリーゼロ確定

金曜日、フォトジャーナリストの佐藤文則さんが生田キャンパスをたずねてくださって、写真展の開催日程が決まりました。

12月2日から1月9日まで。生田図書館のギャラリー・ゼロにて。

佐藤さんは、ハイチ、ミャンマー、インド、東チモールなどを追ってきた、第一線の社会派フォトジャーナリスト。そしてその写真のあざやかなすばらしさ、美しさには、しばしば言葉を失うほどです。

http://www.k2.dion.ne.jp/~satofoto/

今回の展示はDC系でぼくの研究室に所属する大学院生、宇野澤くんとガルシアくんが準備を進めてくれます。

会期が十分にあるので、ぜひいちど、生田の丘への小さな散歩を予定に入れておいてください。

佐藤さんは明治のOB(文学部)。DC系からも、写真・映像分野の仕事に進む人が必ず近い将来に出てくるはずですが、学生のみんなには、この機会にお目にかかってお話をうかがうことを勧めます。

Saturday 18 October 2008

小池桂一のイラスト!

講談社のPR誌「本」11月号に、短い旅行エッセー「アコマ、『空の村』」を書きました。pp. 51-53です。

なんといっても見てほしいのは、あの伝説のマンガ家・小池桂一によるイラスト! 見開きでがーんと、ページの上半分をぶち抜き。脳の中で太陽が爆発したみたいな気がする。

余白なく、そのまま断ち落としになっているレイアウトもすごい。ヌエボメヒコ(ニューメキシコ)の大地がよみがえる。大きな書店でただでもらえますから、ぜひごらんあれ。

Thursday 16 October 2008

バーゲン本

このところ運動不足もいいとこ。で、学習院の授業が終わった後、散歩がてら明治通りを新宿まで歩いた。ぜんぜん大した距離ではないが、ちょっと爽快。アップダウンがもっとあると、もっといい。

それでジュンク堂新宿店に寄ってみると、洋書のバーゲンセールをやっている。洋書といっても英語の本ばかりだが、点数はかなりある。なんとすべて半額! 11月30日まで。

こうなると、また悪い癖で、買わなくていいものまで買ってしまう。とりあえずダーウィンの『ビーグル号航海記』とカフカの『短篇全集』。どちらも1200円とかそれくらいだから、楽しみの大きさに較べると、ほんとに安い。

また来週も寄るかも。たぶん、いわゆる「古典」しか買わないけど。

Thursday 9 October 2008

ル・クレジオ

このところフランス語圏からのノーベル文学賞受賞者がなかったが、ひさびさ。

現在、フランス語で書いているもっとも充実した作家であることはまちがいないので、いかにも当然ではある。フランス語作家としては1985年のクロード・シモン以来。「フランス人」作家としては2000年の高行健以来。

ぼくは別にノーベル賞に特に興味があるわけではないけれど、ル・クレジオかエドゥアール・グリッサンが受賞したらすばらしいだろうな、とは思っていた。

ともあれ、自分が訳した作家がノーベル賞を受賞するのは、そうある話ではなさそう。(ぼくが訳したのはアメリカ先住民をめぐるエッセーを集めた『歌の祭り』という本、岩波書店。そして来年後半に、彼のヴァヌアツ旅行記『ラガ』を出すつもり。)

奇しくも、さきほど電車でアメリカ文学の飯野友幸さんと乗り合わせ、飯野さんが訳しているアメリカの詩人ジョン・アシュベリーが今年は有力候補だという話を聞いたばかりだった。そのときには、ル・クレジオのことはまったく思い出しもしなかった。

ちなみに、ル・クレジオはモーリシャスとフランスの二重国籍。半分は「非フランス人」。

将来、たとえば多和田葉子がそのドイツ語作品によって受賞するとか、ブラジルの日本語作家が受賞するとか、ぜひそういう方向に進んでほしいノーベル賞だった。

国籍で文学を語るのを、いいかげん止めるためにも。その点、クッツェーが南アフリカ作家からオーストラリア作家に変わったのは、おもしろい例になるかも。

10月24日、トヨダヒトシ・スライドショー@明治大学和泉キャンパス(明大前)

Visual Diary / Slide Show
Hitoshi Toyoda
『NAZUNA』/『spoonfulriver』

「闇に挟まれながらスクリーンに現れる"像"は
 手を伸ばしても掴むことは出来ず、
 日々の中での失敗やよろこびのように、
 やがて時間に押し流されて消えていく」

ニューヨークを生活と活動の拠点に、
何も跡を残さない"スライドショー"というスタイルにこだわって、
映像日記を発表している写真家、トヨダヒトシ。

今回は歴史を重ねた急勾配の階段教室が会場となります。
場の記憶が濃密に漂うこの空間に、大きなスクリーンを設置し、
つながりのある2作品を上映します。

■2008年10月24日 (金)
■開場
17時30分
■上映
18時00分 - 19時30分 /『NAZUNA』
20時00分 - 21時20分 /『spoonfulriver』
■入場
無料
(入れ替え制)
(各回とも席に限りがありますので、お早めのご来場をおすすめします)
■会場 
明治大学和泉キャンパス第2校舎3番教室
〒168-8555 東京都杉並区永福1-9-1
(京王線・井の頭線 明大前駅下車 徒歩3分)

■上映作品

『NAZUNA』(2005 version/90min./silent)

9.11.01/うろたえたNY/11年振りの秋の東京を訪れた/
日本のアーミッシュの村へ/アフガニスタンへの空爆は続く/
ただ、/やがて来た春/長くなる滞在/
写真に撮ったこと、撮れなかったこと、撮らなかったこと/
東京/秋/雨/見続けること

ー ある夏の、雨のブルックリンから始まる1年数ヶ月の日々を綴った
  長編スライドショー

『spoonfulriver』(2008 version/80min./silent)

2005年春先の、ニューヨークの平凡な道から始まる/このありふれた日/
いくつかの旅をした/出雲崎/コペンハーゲン/グラーツ/残された言葉/
今も/東京/水のように/思いを遂げることと
幸せになることは同じではないのかもしれない/
集めた光/去ってゆく音/ニューヨーク/ひと匙の河

ー 500枚の写真からなる近作映像日記

■主催:明治大学大学院ディジタルコンテンツ系
    トヨダヒトシスライドショー実行委員会
■トヨダヒトシ Website:http://www.hitoshitoyoda.com/
■お問い合わせ:実行委員会代表 伊藤 貴弘
Tel : 090-9292-8513
Website : http://www.dc-meiji.jp/
Mail : toyoda.hitoshi.dc.2008@gmail.com

山と読書

『岳』のどこかに、二つの山に同時に登ることはできない、というような言葉があって、まったくそうだなと思った。

それでちょっと考えてみると、読書と登山には似ている部分がたくさんある。

(1)二つの山に同時に登ることはできない。
(2)標高が問題なのではないし、山頂をきわめることが問題なのでもない。
(3)いくつもの山にとりあえず登ることもできるが、ひとつの山に何度も登ってはじめて見えてくることもある。
(4)ひとつの山にひとつのルート(解釈)しか知らない者もいれば、いくつものルートを発見する者もいる。
(5)人をガイドできるまでの知識を得る者もいれば、いつまでもお客さんで終わる場合もある。
(6)そこに住む動植物のことまでよく知るようになれば、どんな小さな里山だって、無限の宇宙に呼応している。

どう?

文学研究の道に足を踏み入れて30年、いまはある限定された地形をよく知ること、にむかっているような気がする。それは砂漠かも、島かも、平原かもしれない。趣味からいって、都市ではない。(文学の驚くほど大きな部分が、都市しか知らないのはどういうことだろう?)

ひとりの著者はひとつの山系で、そこでは主要作品が峰をなす。

ジョイスはむちゃくちゃに標高が高いが、峰の数は少ない。バルザックはアルプスで、しかも峰の数も多い。ぼくの師匠ルドルフォ・アナーヤなんかはニューメキシコのサングレ・デ・クリスト山脈とその周辺の荒野。標高ではジョイスにとても較べられないが、味わいは他のどこにも代え難い。そして彼の作品を必要とする地元の人たちが、たくさんいる。

ぼくは生田の丘に、学生たちを連れて、授業をサボって、歩きにゆく。それでいいじゃないか、と思う。それだって文学だ、とも思う。あるいは、もしそこに文学を見出せないなら、どこにも見つからないだろう、とも。

そして最後に思うのは、買ったまま読みもせず書棚に並べられる本は、結局、山岳写真にすぎないということ。いつか、行きたい。いつか、読みたい。でも行けない、技術もない。読めない、知識もない。

こうしてハイデガーもホワイトヘッドも、トルストイもプルーストも読まずに、長い年月をすごしてしまった。

Wednesday 8 October 2008

ARICAの公演

同僚の倉石信乃さんが参加している劇団、ARICAの公演が9日から12日まで行なわれる。詳細は

http://www.realtokyo.co.jp/events/view/26857

先日、ニューヨークで上演した作品『キオスク・リストラ』の最新ヴァージョン。

見に行きたいが、この週末にかけてはちょっとむずかしいかな。行けなかったら、ごめん!

そこに山がないから

運動は嫌いじゃないし、遊びごとはいくらでもやりたいんだが、時間がない。運動不足になる。

それで実践しているのが、地形の読み替え。というと大げさだけど、要するに「エレベーター」や「エスカレーター」を、はじめから無いものとして扱う。建築物を、山と見なす。

それで5階にある研究室でも、9階にある自宅でも、階段で。バックパックには常時10冊は本が入っているので、そこそこ重みが出る。コンピュータもつねに持っているから、7、8キロはあるだろう。少しは鍛錬になる。

それでも、やらないよりはまし、という程度か。足だけじゃなくて、壁があればとりあえず登る、という段階に行けるなら。

夏場は汗をかくのを厭って、怠惰になりがちだった。これからは、体を動かしてちょうどいい。研究室が11階にないこと(11階は建築学科)、秋葉原のサテライトキャンパス(6階)が階段では上がれないことが、悔やまれる。

Monday 6 October 2008

『岳』の楽しさ

書店でふと手にしたマンガ、石塚真一の『岳』。どういう作品かも知らずに第1巻を買って読んだら、いい。それで2〜6まで改めて買いにゆき、週末に通読してしまった(逃避、逃避)。

おもしろい! 山岳レスキュー・ボランティア話が、ここまでおもしろいなんて。なんといっても主人公、三歩の単純明快で強烈なキャラクターがいい。そして、人情話にじーんと感動する。

明治の卒業生で、一緒にクック諸島に遠征した小林ユーキが、9月に北アルプス南峰南稜ルートを走破して、見せてくれた写真もよかった。それが頭にあったから、山岳マンガを手にすることになったのかも。

山とは、縁なく過ごしてきた。いちばんくりかえし登った山は、ダイアモンド・ヘッド。ついで、オークランドの沖にあるランギトト。東京近郊では、高尾山にすら登ったことがない。上高地にすら、行ったことがない。

DC系の年中行事として、丹沢か秩父の山に登ってみたいもの。作者・石塚真一は、アメリカの山々をずいぶんあちこち知っているみたいだ。ぼくは遠くから眺めておしまいだったところも。これからは山かな、やっぱり。でも冬山に行ける日は、もう来ないかも。

第一には、体力が衰えつつある。第二には、これから冬山技術をゼロから身につけるなんて、これから飛行機の操縦を覚えるよりむずかしそう。でもさいわい足は丈夫だから、春から秋にかけてのトレッキングは、いくらでも。

三歩の世界(冬山の遭難救助)は、紙の上で楽しませてもらおう。

Na Hiwahiwa Hawai'i

JCBホールでフェスティヴァル・ナ・ヒヴァヒヴァ・ハワイを観た。

第1部がフラ・カヒコ(伝統ダンス)、第2部がフラ・アウアナ(現代ダンス)。どちらも堪能。

特に3番めに出演した14人のワヒネ(女性)のダンサーのすばらしさには、茫然とした。Aloha Dalireのハーラウ、Keolalaulani Hālau 'Olapa Ō Lakaのみなさん。

今年はクック諸島でも最高の踊りを毎晩見ることができたが、クック諸島、タヒチのそれぞれの楽しさや力強さに較べても、ハヴァイイのフラの信じられないほど洗練された優美さは、きわだっている。

むかしハワイ大学で人類学を勉強していたころ(1987年)、踊りを習い始める勇気がなかったのが悔やまれる。

いちどメリーモナーク(最大のフラのコンペティション)を見に行きたい、ヒロに。踊りはいい。踊りは、身振りの音楽。

Sunday 5 October 2008

シャン料理

メインストリームのミャンマー料理の他に、東北部のシャン料理があるらしい。その店は

http://www.ayeyarwady.com/myan_restaurant/nonginlay/index.htm

とりあえず、こんど、梯子をしてきます。

Saturday 4 October 2008

リトル・ヤンゴン

日放協で高田馬場のミャンマー人コミュニティ「リトル・ヤンゴン」をめぐるドキュメンタリーをやっていたので、最後まで観る。

およそ5000人が暮らす。軍政に批判的な人も、そうでもない人も。そして今年のサイクロンによる大打撃には、みんなたまらない思いをしている。

あれだけババに行っても、ミャンマー系の人たちとの接点はまるでなかった。こんど、まずは、食べ物屋さんに入ってみることにしたい。たとえば

http://e-food.jp/blog/archives/2007/08/mingaraba.html

あたりかな。誰か一緒に行きませんか?

思えばぼくが会ったことのある唯一のミャンマー人は、ある知人(アメリカ人)の奥さん。彼女も事実上の亡命者。どんな話をすればいいのかよくわからなくて、あたりさわりなく終わった。

でもほんとはどんな話だって、思いつくままにしていいのだと思う。ほとんどの出会いは、一期一会なんだから。自分の無知をさらけだしたって、それは仕方がないこと。

世界はつねに危急の事態にある。そこでは多くの場合、沈黙は贅沢だ、たぶん。

ミュリエル・バルベリと谷口ジロー

フランスの作家で現在、京都在住のミュリエル・バルベリ。彼女とマンガ家の谷口ジローの公開対談が11月5日、日仏学院で行なわれます。

谷口さんの作品は続々とフランス語に訳されていて、書店では『孤独のグルメ』なんかが平積みになっているとか。バルベリさんが彼のファンで、今回の対談が決まったようです。司会を務めるのは、わが同僚、清岡智比古さん。

バルベリさんの『優雅なハリネズミ』は、フランスでは102万部という大ベストセラー。

http://www.livreshebdo.fr/actualites/DetailsActuRub.aspx?id=1821

ぼくはまだ読んでいないけど、まもなく日本語訳が出る模様です。

彼女ももともと哲学教師ですが、フランスのおもしろいところは哲学者たちの多くが小説を書くこと。現代の女性作家では、たとえば昨年来日したシルヴィー・ジェルマンもそうでした。そのジェルマンさん、いま写真家の畠山直哉さんの写真集『シエル・トンベ』のためのテクストを執筆中だそうです。

ぼくは哲学者でも作家でもありませんが、清岡さんは(じつは!)小説家でもあります。この対談の進行には、うってつけの人。ぼくは谷口さんのファンなのでぜひ行きたいけど、その日はちょっと微妙。みなさん、ぜひどうぞ。

Thursday 2 October 2008

Pop Africa

11月中旬、以下のような催しがあるそうです。アフリカの現在を知るにはうってつけかも。ぼくもできるだけ行ってみたいと思っています。


POP AFRICA アフリカの今にノル?!
普段着のディープなアフリカ:その美学・音楽・力学・知恵の深みにハマる2日間

開催日:11月15日(土)、11月16日(日)9:30-18:00(開場9:00)
場所: 国士舘大学世田谷キャンパス梅ヶ丘校舎34号館3階 
参加費:各日のみ有効 1500円、2日間通し 2000円
主催: ポップアフリカ実行委員会 
ホームページ:http://popafrica.homiez.net
問い合わせ先: popafrica@yahoo.co.jp

第一日 アフリカと日本のポップな関係

[開会挨拶] 実行委員長 岡崎彰(一橋大)「この企画の主旨について」
9時30分~9時45分 会場B303教室

� 日本のアフリカ的世界
[個人研究発表] 
9時45分〜11時25分 会場B303教室 
菅野 淑(名古屋大)「在日セネガル人による舞踊音楽活動」
川田薫(エイズ予防財団)「六本木のアフリカ出身者のストリートの仕事」
高村美也子(名古屋大)「名古屋でサバイバルするアフリカ人」
松本尚之(東洋大)「歌舞伎町でヤムイモの収穫を祝う:在日アフリカ人の同郷団体と祭り」
司会 和崎春日(名古屋大)

� 越境するアフリカ的美学
[個人研究発表]
11時35分~12時50分 会場B303教室
岩崎明子(一橋大)「移動し魅惑するシェタニ:マコンデ、ティンガティンガとアフリカン・ポップアートの魔術」
海野るみ(お茶の水女子大)「アンビリーバーボーな美の創造:誰がコイサンのお尻を美しいと言ったのか?」
太田雅子(京都大)「セネガル写真小史:『芸術』写真のなりたちを中心に」

昼食 [12時50分~13時50分] /会場移動[B303→B301]

[パネルディスカッション](�「越境するアフリカ的美学」の続き)
13時50分~15時20分 会場B301教室
テーマ「『アフリカ・リミックス』再訪:ポップアートと(しての)アフリカ的モダニティという謎々」
川口幸也(民博)、吉田憲司(民博)、佐々木重洋(名古屋大)
司会 岡崎彰(一橋大)

� 日本のアフリカ系音楽
[個人研究発表]
15時30分~16時20分 会場B301教室
鈴木慎一郎(信州大)「レゲエmeets核の記憶@焼津港」
松平勇二(名古屋大)「日本人を魅了するンビラの魔力:ロワンビラの目指す音楽」

[日本のアフリカ系ミュージシャンによるトーク+パナフリック・コンサート]
16時30分~18時30分 会場B301教室
武田ヒロユキ(西アフリカ・ジェンベ)
ハヤシエリカ(南部アフリカ・ンビラ)
アニャンゴ・向山恵理子(東アフリカ・ニャティティ)
司会 鈴木裕之(国士舘大)

懇親会:19時00分~21時30分(DJ:African Deep Pop Crew+Live Performance)


第二日 アフリカのポップカルチャー

� 売る/ごまかす—起業家としてのアーティスト— 
9時30分~11時10分 会場B301教室
[個人研究発表]
井上真悠子(京都大)「東アフリカにおける『みやげ物絵画』の展開:“出張”する画家と画家を呼ぶ客引き」
中村香子(京都大)「サンブルのビーズ装飾:観光化・グローバル化の文脈」
小川さやか(京都大)「現代版『ウサギのかしこい商売』:タンザニア都市零細商人たちの騙しの技法とユーモア」
川瀬慈(日本学術振興会)「エチオピア音楽芸能の都市的展開:女性アズマリ、ドゥドゥイエによるポルノグラフィック・パフォーマンスを事例に」
司会 近藤英俊(関西外国語大)

� 集う/ふるまう—ニューメディアと自己表現— 
11時20分~12時35分 会場B301教室
[個人研究発表]
清水貴夫(名古屋大)「ワガドゥグのクールなラスタ:手工芸品に込められる『アフリカ』」
矢野原佑史(京都大)「〈リアル〉を演じるエンターテイナー:カメルーン首都ヤウンデにおいてヒップホップを実践するアングロフォン」
大門碧(京都大)「口パクする若者たち:ウガンダの首都カンパラの『カリオキ・ショー』」
司会 松田素二(京都大)

昼食[12時35分~14時00分]

� まねる/混ぜる—ブリコラージュとしてのアート—
14時00分~15時40分 会場B301教室
[個人研究発表]
中村博一(文教大)「ハウサ音楽の現在:ホームビデオとヒット曲」
金子穂積 (音楽ジャーナリスト)「アフリカのヒップホップ」
阿毛香絵(慶応大)「ダカールにおける若者文化とイスラーム神秘主義:都市における文化・宗教とアイデンティティー」
品川大輔(名古屋大)「シェン(BantuG40E)の文法的混質性に関する記述言語的スケッチ」
司会 小田亮(成城大)

� 魅せる/妬む—商品、誘惑、フェティッシュ—
15時50分~17時05分 会場B301教室
[個人研究発表]
慶田勝彦(熊本大)「ポップアート化する祖霊:ケニア海岸地方の祖霊木彫Vigangoの盗難をめぐって」
石井美保(一橋大)「ヒンドゥー神としてのマーメイド:ガーナにおけるマーミ・ワタの図像と信仰をめぐる謎」
須田征志(名古屋大)「呪物としてのヒョウタン」
司会 佐々木重洋(名古屋大)

� ポップアフリカのディープな残響
17時15分~18時 会場B301教室
[総合ディスカッション]
会場全体+発表者+司会者+特別コメンテーター(ウスビ・サコ・長島信弘・阿部年晴(予定))
司会 近藤英俊(関西外国語大)

[閉会挨拶] 総合司会 鈴木裕之(国士舘大)

映画・写真セッション
11月15日・16日随時 会場B304教室(休憩室兼用)
川瀬慈(日本学術振興会)"Osho Martial Arts Club in Gondar", "Dancing Addis
Ababa", その他
古川優貴(一橋大)"rhythm:YouTube、手話、ケニアの聾学校"
岡崎彰(一橋大)「アフリカ系特選ようつべ映像集」
詳しくは会場にある「Pop Africa AV Program」のチラシをご参照ください。
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ナンビクワラ族の携帯電話、写真の枚数

10月1日の夕刊(朝日)から、2点。

レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』の読者なら耳に親しい名前、ナンビクワラ族のみなさんの写真が掲載されていた。儀礼の格好をしながら、うち1人の若者が携帯電話をいじっている。画面を見つめている。半裸体で。しかもかれらの保護区には、電波は届かないのだそうだ。電波が通じるところまでは車で1時間ほど離れているのだという。

写真家の蜷川実花の談話体の文が載っていた。「とにかく写真漬けの日々」だという彼女、年間に13万枚くらいの写真を撮るのだそうだ。1日、約360枚、毎日。それを13年間やってきた。気が遠くなる。

そういえば、どこかで聞いた話。森山大道によると、コンパクトカメラ(フィルムのもの)はだいたい2000本撮ると壊れるらしい。1年で2000本撮り、壊れるころに写真集1冊分のスナップショットが残る。

ぼくのコンパクトカメラは巻き上げ機が壊れたけれど、修理に出したのでまだまだ使える。まだ100本も撮ってないだろうな、たぶん。これから挑戦だ。

Tuesday 30 September 2008

さあ、秋のはじまり(本格的に)

しとしと降る雨に、秋が本格的にはじまったと思う。今年も残り4半分とは、血も凍る、涙も止まる。いまが5月なら! せめて6月なら! まだ約束をはたしていないみなさん、ごめんなさい。日々、ビーバーか蟻かオオアリクイのように作業中です。

きょうは写真家のトヨダヒトシくんと、スライドショー会場の下見と相談に。明治大学和泉キャンパス(いわゆる「明大前」下車)で、10月24日(金)に決行する。詳細はまた。

帰りがけ、明治の学生なら誰でも知っている、沖縄料理の宮古へ。トヨダくんとのんびり話すと、ほんとにほっとする。日ごろのぼくが巻き込まれているバカげたペースの、対極にいる人。けっして自分を失わない、思慮深い、得難い友人だ。

DC系の秋は、またもや盛りだくさん。トヨダくんのスライドショーにつづいて、11月にはデザイナーの近藤一弥さんとの書店イベント(BOOKS 246)を予定。そして12月には、明治大学生田図書館のギャラリー・ゼロで、フォトジャーナリストの佐藤文則さんのハイチ写真展を開催する。たぶん、佐藤さんを囲む会も。

もちろん、すべて無料だよ。1、2年生の諸君も、ぜひ積極的に参加してくれ! 他大学のみなさんも大歓迎です。

「書評空間」

紀伊國屋書店の書評ブログ「書評空間」に参加することになった。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/

月に1回から4回(あるいはそれ以上!)、さまざまな本をめぐるさまざまな長さの書評を書いていく、つもり。学校の授業とは連動するかもしれないし、表面上なんの関係もないまま過ぎていくかもしれない。

「書評空間」が場としてすぐれているのは、長さが自由であること、そして扱う本が新刊書には限られないことだ(品切れでないかぎり)。

とりあげたい本は、たくさんある。ないのは読む時間、書く時間。ときどきのぞいてみてください。

Monday 29 September 2008

ロティが見たモアイたちが『砂漠論』を見ている、のを見ている

春にラパ・ヌイ(イースター島)でぼくがいたずらで撮ってきた写真が、フランス文学者・工藤庸子さんのブログにアップされた。

http://www.campus.u-air.ac.jp/~kudo/

あの人気作家ピエール・ロティが若いころこの島を訪れているのは、驚異。何しろ19世紀後半の話、果てしない時間がかかったにちがいない。でも、たぶんそのころすでに、タヒチとのあいだの航路は確立されていたのだろう。現在の航空路は、それをなぞっているにすぎないのかも。

植民地主義を支える精神の態度に誰よりも意識的な文学者である工藤さん、ロティについてのモノグラフを準備していらっしゃるようだ。これは楽しみ! ぼくはぼくでやりたい仕事はたくさんあるが、ゴーギャンのお墓参りもそのひとつ。

けれどもすでに過ぎ去った大観光時代の延長のような行動をいつまでもくりかえしたくもない。けれども、それでも、いくつか見届け空気を味わい音を聞いてみたい場所がある。

そんな場所が99あるとして、そのうちの9つを選んで3年にいちど、旅をする(いろいろあきらめて)。そうすれば今後の27年で、地球の一角を垣間見ることができるのかも。2035年。それとも、そんな気楽な観光旅行の日々は、それよりもずっと早く終わりを告げるだろうか。

2035年には、地球の人口は予測ではいまよりも20億人増えているらしい。もうけっして増えないのはモアイの数。かれらはひたすら摩滅してゆく。ごくろうさま、といいたい。

Sunday 28 September 2008

ア太郎の夢と西郷信綱

昨日、机にむかったままうたた寝して見た夢。

何人かのともだちと遊んでいる。みんな小学生(だと思われる、自分も含めて)。中にア太郎がいる。ア太郎だけ、2次元のまま、平面の線描きのまま。はちまきをし、鉛筆を耳にはさんだ、いつもの格好で。

ぼくが「ア太郎、おまえ薄いねー、やっぱり」というと、ア太郎が朗らかに「それをいうなって!」と答え、みんなゲラゲラ笑う。

やがて(といっても1秒くらいあとか?)ア太郎が「あ、そろそろ帰って仕事するよ。じゃ、またな!」と快活にいって帰ってゆく。みんなで「ア太郎はえらいなあ」「えらいよ、あいつ」と口々にいって感心する。

目覚めて、何か充実感あり。ここにいた「みんな」が誰かはわからないが、ア太郎が妙にあざやかだった。マンガのキャラクターも、現実の過去の知人も、生きている人間も、死んだ友人も、夢の中にはみんながいる。それはもちろんこっちの心が作っていることだけれど、夢のア太郎が元気づけてくれるのは事実、真実。

昨日、私淑する西郷信綱さんの逝去が報じられた。92歳。ぼくはずっと自分の専門を「比較詩学研究」と呼んできたけど、この角度からすれば現代日本における最大の巨人だった。お弔いの場所は生田だという。ということは、うちの職場のそばに住んでおられたのか! まったく知らなかった。

そして死者といえば、デヴィッド・フォスター・ウォレスが先日亡くなったことを知った。ぼくより4歳年下だが、現代アメリカのもっとも才能ある作家のひとりだと誰からも呼ばれてきた。20年来服用していた抗鬱剤の副作用がひどくなったので薬をやめ、するとこんどは鬱がひどくなったのだという。自殺。彼の名声は大学院生のころからずっと耳にしてきたものの、読んだことがない。この機会に読むのもかなしいが、手にとってみようと思う。

すっかり涼しくなった。

Saturday 27 September 2008

ボルネオの猫町?

同僚の林ひふみさん(中国語)が夏にボルネオに旅行して、その話を聞かせてくれた。

特にいいのはサラワク州だそうだ。州都クチン(猫の町、という意味)は美しく、そこからグヌン・ムル国立公園をめざせば、たちまち巨大な洞窟群と、緑濃く酸素も濃い熱帯雨林へ。おびただしい野生動物に驚きっぱなし。目も鼻孔も肺も洗われて、体が軽快になるのを実感できる。

もちろん、オランウータンも見られる(それが目的の人も多い)。オランウータンだけじゃなくて、テングザルをはじめとする各種の猿たちも、いたるところにいるそうだ。

しばらくまえから気にはなっていたのだが、行ってみたい。2004年にペナンで買ってきたマレー語/英語辞典をとりだして、しばしページをくってみる。

ところでひふみさんは、中国語の著書が10冊以上ある、中国世界の人気コラムニスト(新井一二三の名で書いている)。ぜんぜん知らない文化圏に詳しい同僚をもつことの楽しさを、いつも実感させてくれる。北京料理の達人でもある。

カラハーイ=羅針盤

あれほど耳に親しい「カラハーイ」という言葉だが、その意味を知らなかった。それがところがいまは「グーグルに訊いてみる」(コンゴ共和国出身のロジェ神父さまの表現)と、たちどころにわかる。

「カラハーイ」とは沖縄語で「羅針盤」のこと。想像するに、「唐」伝来の「針」といったあたりが語源だろうか?

そう聞いて、突然、りんけんバンドと羅針盤がつながる。山本精一ひきいる羅針盤は、日本のバンドでぼくが長らくいちばん好きだったバンド。

興味がない人にはまるで意味がないことだけど、自分にとってはこうして思いがけないつながり方をしてそれが頭から離れなくなることも、いろいろある。

Thursday 25 September 2008

『あじまぁのウタ』『青空娘』

いよいよ後期の授業開始。木曜日は正午から午後6時まで、とにかくダラダラとセッションを続けるという日(その後のパブでの雑談を含めると8時まで!)なので、まずは景気をつけるため、パコや宇野澤くんらとビデオを2本観た。

まず、りんけんバンドと上原知子を追ったドキュメンタリー『あじまぁのウタ 上原知子----天上の歌声』(青山真治、2002年)。上原知子の強烈に美しい歌声と存在感に魅了される。そして彼女のために毎日毎日歌を書き続ける林賢さんのかっこよさ。

1991年ごろのシアトルで、毎日りんけんバンドばかり聴いていたのを思い出す。こんどは北谷のカラハーイにかれらのライヴを観に行きたい。

ついで増村保造の『青空娘』(1957年)。スピード感のある展開とあまりにわざとらしい台詞に、爆笑と幸福感が立ちこめる。すごい作品。20代はじめの若尾文子がかわいいが、それ以上に「おっ」と思うのがミヤコ蝶々の好演。そして、半世紀前の東京の、胸が痛くなるほどの異国ぶり。

これでみんなやる気が出た。後期は、充実が約束されている。意識がガラリと変わるような半年にしよう!

Wednesday 24 September 2008

こんな風に

The connective humanities などといってはみても、まったく実践していない。つまり、内容面での多領域の結合だけでなく、ウェブ・ベースの情報集積・交換・交流を含めて考えているのに、ぼくはそれをまったくやっていない。

まだ時間のバランスとして、紙の本を読んだり手書きでメモをとったりすることがほとんどで、オン・ラインになるのは厖大なメールの返事(それも大部分は2、3行)と調べもの、ときどき読むいろんな人のブログ訪問程度。

ほんとは自分のエントリーもきちんと内容のあるものを書き、書かれたコメントに返事をしたり、他の人のブログにコメントをしたり、あれこれとつなげる作業にとりくめばさぞおもしろいだろうなあとは思うが、いまはまだその方向に振り子がふれていない感じ。オン・ラインの時間は1日に30分以内に抑えたい(そうしないと何も進まなくなる)。だから所属する仮想「共同体」みたいなものはない。

それで、このブログも大半は毎週顔を合わせる学生のみんなに宛てた「お知らせ」と「報告」だけ。ちょっとおもしろみに欠けるね、たしかに。

文章の発表形態をウェブ・ベースに切り替え、このコミュニケーションのかたちをつきつめ、生きること、考えること、書くこと、知ること、動くことなどの起点をすべてこの画面からおこなうのも、たぶん可能にはちがいないと思いつつ、いまはまだ「紙」と「対面」の世界で生きている。

そんな中、ひどく感心するブログにもときどき出会う。ひとつは札幌大学の哲学者、三上さんのブログ。

http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/

愛犬の風太郎をめぐるエントリーには、いつもじんわり涙がこぼれそうになる。さっきいった「生きること」から「動くこと」までの理想に関して、たぶん(少なくとも日本語世界では)もっとも遠くまで行っている人だ。日々の写真もすばらしい。

そしてもうひとつはカリフォルニア大学アーヴァイン校の批評家レイ・テラダのブログ Work Without Dread。

http://workwithoutdread.blogspot.com/

更新回数は少ないが、異様なまでの鋭敏さを感じる。

こうしたすべてが、完全に無償で提供されていることに驚くのは、すでにわれわれがいかに貨幣経済と消費主義に毒されているかを物語るものでしかないだろう。

無償の贈与への信。出版の現行形態がいよいよ追いつめられていることは日々実感しているが、人類の情報交換が次のステージに移行するまでには、まだちょっと時間がかかるのかなとも思う。まだしばらく、紙の世界にこだわりつつ、読んだり書いたり遊んだりしてみようか。

「団地再生を考える」

新聞と一緒に配達されてくるマンション生活情報紙「ウェンディ」232号に、新領域創造の同僚(安全学系)である山本俊哉さんの記事が出ていた。「団地再生を考える----安全で安心な住まいづくり」。

ひとことでいって、空き巣に入られやすい住宅・場所はどんなところかを検討し、ヨーロッパの郊外大規模団地(特にオランダ)の防犯対策の事例から学ぼうというもの。

山本さんは建築学科所属の都市計画の専門家。安全学系は建築、化学、技術一般、防災、食品、犯罪など、これも考える対象には事欠かない専攻系だ。

そこでも求められるのは、結局、どんな社会に住みたいのかというヴィジョン。学生のみんなには、DC系も安全学系もなく相互の考えを聴く機会をもってほしい。たとえば「新領域創造特論」の授業はそんな場だったし、12月に予定されている修士論文中間発表会もそうなるだろう。

上記の記事、コピーが欲しい人はぼくの研究室に寄ってください。

The Connective Humanities

このページに使っているこの名称。まだ説明していなかった。去年、同僚の波戸岡さんや倉石さんに話していたこと。

簡単にいうと、いろいろな分野を連結・綜合しつつ、人類史の現在を考えることを目的とする。ぼくらはinterdisciplinaryという合言葉のもとに1980年前後の学生時代を送ってきたが、ルネ・ジラールはそのころからinterではなくtransだといっていたし、ミシェル・セールにいたっては「文」も「理」もないどころか「科学」も「詩」も区別がなかった。

(いや、実際にはセールは「哲学」と「文学」を峻別しているのだが、少なくとも知識を求めるにあたって、彼はすべての時代のすべてのジャンルのテクストを同水準に置く。)

もうひとつ。やはりインターネットの発達以前と以後では、知識の共有の仕方ががらりと変わった。「大学」の意味や役割も、たぶん完全に変質した。いま大学で新入生たちと対面して驚くのは、かれらの大学観が完全に1世代以上まえのものだということ。生物学的1世代、つまり25年、30年前。

で、あいかわらず「単位ください」と答案用紙のかたすみに書いてみたり。それはむかしながらの答案用紙を使っているこっちも悪いのかもしれないけど。

大学はたぶんほっといても、実質を失った部分から、蒸発するようにこの地上を去ってゆくことだろう。遠からず。

ぼくがイメージしていた「連結的人文学」とは、運営面からいうとインターネット・ベースの授業であり、教員の勤務形態をさす。

授業セッションは「発表会」を中心に、1学期に2度、中間・期末の時期に合宿か長い一日がかりのミーティングをやる。それだけ。あとは自分でまとまった文章を書く。質問その他は必要を感じたときにぼくのオフィスに話にくる。雑談会もオーケー、もちろん。自分たちで読書会を組織したいなら、それに必要な助言その他は惜しまない。なんにせよ、出たくもない授業を単位のためにとるような愚行は、断固としておしまい。読み、書くのは、ひとりでやるしかない。

こっちの勤務形態としては、上記のような「授業」を学部1・2年むけ、3・4年むけ、大学院むけ、それぞれ20名・20名・10名限定で開講。あとはこちらのアウトプットをすべてウェブ上で行なう。

年間に、ハードな論文を3点くらいとエッセーを1冊分(360枚程度)、ウェブ上で発表する。また理工学部という特色を生かして、諸分野の研究室をたずね、研究内容についての聞き書きをまとめ、学部ページに発表する。このあたり、学部の「広報担当」も兼ねるというわけ。(もっとも「論文」と「エッセー」と「インタビュー」といった区別をつける必要もないし、長さをそろえる必要もない。すべての思考の種子を、そのまま出していけばそれでいい。)

そして役職上名乗るのは"Professor in the connective humanities."

授業形態は、別に目新しいことではない。たとえばアメリカのSt. John's College では、授業がない。学生はテューターと相談して、自分なりの読書リストを作る。それをひたすら読んでいって、最終的に口頭試問を受けて、卒業。完全に個人ベース、最初から最後まで真剣勝負。

そんなカリキュラムに、こっちの少しばかりの希望を入れてみたのが、上記のかたち。

大学はものすごい可能性のある場だ、それは変わらない。ところがその使用法は? 授業のやり方も、評価の仕方も、実質をめざして、根本的に見直していいのではないだろうか。いや、ではないだろうか、ではなく、見直していい。

Sunday 21 September 2008

「表現3原則」according to Daido

「表現3原則。
自分の言葉で書く。
何事も批判しない。
正論には与しない。」

若き友人、ダイドーくんの断章集「雪結晶」から。

http://hobo.no-blog.jp/train/

少しずつ読むと、大変に味わい深い。いろいろよく考えてるなあ。痛いところを突かれまくって満身創痍。

自分がいまの彼の年齢だった23、4歳のころは、まったく何にも考えてなかったと慨嘆せざるをえない。半世紀を経てなお考えは浅くて浅くて蟻が溺れる砂漠の涸れ川程度だけれど。

後生畏るべし! でもこっちもまた何度でもゼロから再出発だ。

Saturday 20 September 2008

思いとか郷愁とか日本語とかムダンサとか

台風が接近する中、細川周平さんの日系ブラジル研究第3弾『遠きにありてつくるもの』(みすず書房)の出版記念イベント。新宿のジュンク堂で。

ぼくはもっぱら進行役を務める。聴衆のみなさんからの質問も多くて、充実した会になったと思う。「日系」の心を語るというむずかしく繊細な仕事に、細心の注意をもってとりくんだ細川さんの「やる気」に、大いに触発された。

ぼく自身は、ブラジルについても、日系についても、何も語る資格がない。けれどもそんな主題をまるで想像できないわけでもなく、またこうした「想像可能性」をはじめから捨ててしまえば、世界はいかにも味気ない場所になってしまう。

ともあれ、悪天候をついてお出かけいただいたみなさん、ありがとうございました。日本とブラジルという対蹠点の国が独特の仕方で出会って、百年。その歴史をいろいろなかたちで共有することは、日ごろブラジルにまるで無縁な人にだって意味のあることにちがいない。

そういえば、むかし、20数年前にたわむれに作った前衛(?)俳句を思い出した。

細心周到 細胞周期 細川周平

Tuesday 16 September 2008

イスラエル3泊5日?

新学期をひかえ「やること多いなあ、困ったなあ」と思いつつ犬の散歩に出かけたりする今日このごろだが、そんなとき茂木健一郎さんのブログ「クオリア日記」を見ると、愕然とする。

ぼくが1ダースどころか3ダースばかりいてもぜんぜん太刀打ちできない、仕事の数・量、移動距離の果てしない長さだ。

9月13日にさいたま芸術劇場で児玉桃さんというピアニストのレクチャー・コンサートに出演し、その後、テレビ番組を収録し、その夜、成田からパリにむかう。早朝のパリで乗り継ぎ便を待ち、イスラエルへ。そして帰国予定が日本時間で17日の夜、だというのだから、機内泊を含めて(往復とも?)の5日間という日程なんだろう。宿で寝られるのは、たぶん2・5日?

そしてその間にも写真入りのブログをこまめに更新し、たぶんすごい量の原稿を書いて。考えられない作業量。

こっちはこっちのカタツムリかヤドカリのペースで、のんびりやっていこう。でも、わざと2泊4日とかいった無茶な旅程で、たとえばアイルランドの西海岸にでも行けたらおもしろいだろうなあとも思う。

Sunday 14 September 2008

さよならウルルン

『ウルルン』がついに終わった。ちょうど10年前に帰国してから、ときどき見ていた(見るようにして見ていた)唯一の番組。

むかしスペイン人女性の知人がきびしく批判していて、その批判はほとんど当たっていると思ったが、それでも見ればおもしろいことが多くて、へえっと感心すること教えられることもたくさんあった。

そして番組に与えられた枠での1週間の滞在でも、人とのふれあいには本当も嘘もない、別れの涙にも。みんなそれぞれの真実。

よく覚えている回が、もう×年前だなんて知って驚いたこともしばしば。どこかの時間帯で全体を再放送してくれれば、また見て楽しい回もいくつもありそうだ。(いろんな番組の再放送専門局とか、あってほしい。)

これで日曜夜の楽しみがなくなり、見ようと思って見る番組は、もうなくなったのがさびしい。

きょうの最終回で思ったこと。照英になついていたトルコのでっかい犬(カンガル犬)がほしい。それとギャルそねちゃんの食べっぷり、ラブレーに見せてやりたかった。

サローヤンの贈り物

アジア系アメリカ文学研究会にお招きいただいて、「サローヤンの贈り物」と題する講演を行なった。神田の学士会館にて。

アルメニア系のサローヤン、そして彼から一貫して励まされてきた日系のトシオ・モリという、ふたりのカリフォルニア作家の短篇を3つずつ選び、そこに共通する気分・思想・希望について話してみた。

それから最後に、サローヤン一家のアメリカ移住の背後にあるトルコ領内でのアルメニア人大虐殺と、それを直接に扱ったアルメニア系カナダ人の映画監督アトム・エゴヤンの『アララト』にふれる。

準備が遅れてしまい、明け方までかかったのでかなり不安だったが、きわめて反応のいい聴衆のみなさんに助けられて、なんとか話を終えることができた。ディスカッションも時間を30分延長して、大変に活発で、内容があるものとなった。

去年から、サローヤンの生誕100年にあたって何かできないかと思っていたが、これでその希望は達せられた。目的はただひとつ、彼に対する感謝のため。絶対に届くことのない感謝だが、感謝であることに変わりはない。

サローヤンとモリのいくつかの短篇をじっくりと読み直し、また大きな何かを贈られた気持ち。機会を与えていただいたアジア系アメリカ文学研究会のみなさん、ありがとうございました!

Saturday 13 September 2008

どこでもありうる小さな町

きょうはずっとウィリアム・サローヤンおよび日系アメリカ作家のトシオ・モリについて考えていたので、参照する必要があって夕方、シャーウッド・アンダーソンの『ワインズバーグ、オハイオ』の訳本(講談社学芸文庫)を買いに、2駅先の書店へ。

帰路、年譜を見はじめたら、なんと! アンダーソンは1876年9月13日生まれだった。

よりによって、きょう、9月13日。別に意味はないが、あるといいだせば、ある。たくさんの短篇からなるグロテスクな人々の肖像。通読したことはない。モリの短編集『ヨコハマ、カリフォルニア』は直接にこのタイトルを意識していた。サローヤンもアンダーソンを愛読していた。

それからすぐ電車内で、「紙の玉」というごく短いものを読む。かなり強烈。暗い、暗い。ぜんぶ一度に読む気にはならないが、しばらく楽しめそうだ。

本書は小島信夫+浜本武雄という、職場の大先輩たちの仕事。言葉の感覚はおのずからちがうが、その電位差もまた興味深い。

Friday 12 September 2008

火の力を撮る

サンタ・フェの広場のそばにある写真専門のギャラリーが、アンドルー・スミス・ギャラリー。そこで見たJoan Myersの写真が妙に気になっている。

http://www.andrewsmithgallery.com/exhibitions/joanmyers/brimstone/index.html

イエローストーン、ポンペイ、アイスランドを撮ったものが数枚ずつ。3つの土地をむすぶのは火の力、火山、地熱。

ここに第4の地点を付け加えるとするなら? とりあえず伊豆大島にでも行ってみようか、ゼミ旅行として。

「ひとつの生命が他の別の生命を呼ぶ時に音が生まれる」

今年の前期の大学院授業で指定したテクストのひとつが『武満徹・対談選』(ちくま学芸文庫)。その姉妹編ともいうべき『武満徹エッセイ選』が完成し、古い友人である編者の小沼純一さんから送られてきた。

これもじつにおもしろい。驚くべき言葉にみちている。武満さんが希代の読書家であったことはいまさらいうまでもないが、はらりと開いたページにこんな言葉があると、粛然とする。

「今日のように出版される書籍の数が多ければ、買い求めたものをすべて手もとにとどめておくのはわずらわしい。一、二行のことばを私の内部に保存しておけば良い。だから、読みおえた書物はなるべく他人に貸すことにしている。本だなは書物にとっては仮住まいでしかないだろう。
 いつも新鮮に響くことば、それは粗い鉱石であって私たちの日常のなかで磨かれて行く。私にとっては発見に富んだ書物だけが必要だ。私たちは本を読むことで思考し、さらにたいせつなのは、それによって歩行するということだ。とすれば、余りたくさんの書物は、かえって私たちの歩行の邪魔になりはしないか」

そのとおりだと思う。

将来の一、二年生ゼミでひとつ考えているのが、「思考の種子」集め。せいぜい二行くらいにまとめられる発想の種を、一日につき三つ、一週間で二十一くらい、ノートに書き溜めてゆく。

たとえば武満さん自身の例をあげるなら、こうなる。

「イルカの交信がかれらのなき声によってはなされないで、音と音のあいだにある無音の間の長さによってなされるという生物学者の発表は暗示的だ」

こんな風に石つぶてのようにまとめた短い言葉を、日々反芻しつつ考えること。それが「連結的人文学」の基礎的な作業になるだろう。

Tuesday 9 September 2008

I Think I Love You

けさ、例によってMr.ドーナツでコーヒーを飲んでいたら、あまりにもよく知った歌がカバーで流れてきた。タイトルはI Think I Love You。ところが、そのオリジナルの歌手がどうしても思い出せない。このところ、記憶力がズタズタになっている。半世紀も生きると、仕方ないとはいえ。

ともあれ、考えに考えるうちに、ふと思い出した。あれはザ・パートリッジ・ファミリー! 70年代前半の中高生のころ大好きだったテレビ番組だ。

グループの中心はデヴィッド・キャサディーだが、お姉さん役はスーザン・デイ。そのころいちばん好きだった女優が、彼女。

それなのにもう30年以上、考えたこともなかったなあ。Infatuationとはいい加減なもの。ドーナツ屋で流れてきたカバーの歌い手はVoice of the Beehiveというグループだそうだ。じつにいい名前だと思う。

(ところでかれらがこの曲をシングルで出したのは1991年のことらしい。英語圏のポップスをぜんぜん聞かなかった時期なので、まったく知らなかった!)

プエブロから戻って

ニューメキシコ州には19のプエブロ(先住民の村)がある。そのうち、もっとも南西にあるズニ、もっとも北東にあるタオス、そして空中都市と呼ばれるアコマをたずねる旅から帰ってきたところ。

強烈だった。なかでもアコマでは、守護聖人サン・エステバン(聖ステファヌス)のお祭りをじっくり見ることができた。秋の収穫祭。

アコマは1989年に初めて訪れて、それまでの人生がガラガラと崩れるような思いをした場所だ。以来、5回訪れているが、サン・エステバンのお祭りを見るのは初めて。200人を超えるダンサーたち(幼児から老人まで)の踊りに圧倒された。

ズニ、タオスのことも含めて、いずれ文章を書くつもり。でも書けないかも。

ズニの村のそば、高原砂漠を見下ろす断崖エル・モーロに初めて登り、流れる雲の影を見ていた。まだいくつも、北アメリカの荒野の中に、訪れたい地点がある。

この週末、「週刊ブックレビュー」で翻訳家のくぼたのぞみさんがエイミー・ベンダー『わがままなやつら』を取り上げてくださった模様。見逃して、残念! さあ、これから秋の仕事の嵐だ。

Sunday 31 August 2008

サローヤン、100歳

きょう8月31日はカリフォルニアのアルメニア系作家ウィリアム・サローヤンの誕生日。彼は1908年8月31日にフレズノで生まれた。

20世紀アメリカにおいて、「エスニックな」作家であることをもっともよく主張しつつ、同時に、同時代でもっとも人気のある小説家でもあった。

その文体がすごい。きらきら。わくわく。しみじみ。そのすべて。ここまで平易な文章で、ここまでノックアウトできるのか。ぼくにとっては、最高のお手本のひとり。

というわけで、きょうはこれからサンフランシスコにむかい、新聞を買うことにします。

Saturday 30 August 2008

夜の稲妻

天気が荒れてる。昨夜は恐ろしいほどだった。事実、多摩川でも水位があがってサイレンが鳴ったようだ。未明まで稲妻のパーティー。

そして、今夜も。

雨も風もほんとうに強力で、人間世界をあっというまに破壊してしまうが、その恐ろしさとは別に稲妻にはなんともいえない魅力がある。どれだけ眺めていても飽きない。

90年代に3年間住んでいたアリゾナ州トゥーソンは世界的な稲妻名所。夏の終わり、空のあちこちで、同時多発的に稲妻が乱舞する。龍だ。龍が実在する、と思う。

画像検索でTucson, lightningでいくらでも出てくるから、見てみてください。いちど大学のキャンパスの椰子の木に落雷し、木が燃え出したことがあった。郊外にはサワロ・サボテンが生えているが、その中にもときどき黒こげになったものがある。

明け方にものすごい音がした落雷、たぶんかなりのご近所なんだけど、その後はどうなっているのだろう。

Friday 29 August 2008

「日本経済新聞」8月31日(日)

こんどの日曜日の「日本経済新聞」に書評を書きました。岡村民夫『イーハトーブ温泉学』(みすず書房)。

宮沢賢治の温泉的想像力に迫る好著で、目をひらかれることの連続でした。秋にはぼくも花巻を訪ねてみたいと思っています。

醜いベティ!

きょう渋谷を通ったら、駅前交差点のところで、でっかいアメリカ・フェレーラがにっこり笑っていてびっくり。『アグリー・ベティ』のDVDが、いよいよ9月3日に発売されるらしい。

もともとコロンビアの人気テレビドラマのリメイクらしいが、外見を見ればおちびで太っちょで眼鏡で歯も矯正しててぜんぜんさえない彼女の魅力が爆発する、楽しいコメディーです。

そして! アメリカが主演した『私自身の見えない徴』(エイミー・ベンダー原作、日本語訳は角川書店)の公開は、2009年1月1日に予定されている。少しずつ近づいてくるので、わがことのようにドキドキ。

ぼくがイメージしていたモナ(どちらかというと神経質ながりがりさんタイプ)とは必ずしも重ならない彼女だけど、はたしてどんなモナを演じてくれるのか。日本公開がいつになるか、あるいはそもそも日本で公開されるのかどうかもわからないが、来年のメインイベントとして楽しみにしている。

Thursday 28 August 2008

雨と秋

今週はほんとに雨が多い。どんどん秋の気配が深まっているのもさびしい。夏の仕事、まだまだ。今週も試練だ。

さて、同僚の清岡智比古さんのブログが異常に充実している。ほぼ毎日更新。

http://tomo-524.blogspot.com/

そこでマリエ・ディグビーという、アイリッシュ・アメリカンと日本人の混血の若い女性歌手のことを教わった。なんでも彼女、YouTubeに自分の歌を投稿し、そこから火がついたらしい。来日中とか。

アフリカではレコード産業をショートカットして新曲をまずYouTubeで発表するグループも多いらしいし。すごい可能性のある場だと思える。問題は、いろいろ見ていると、すぐに一日が終わってしまうこと! でも、たとえば(われわれの業界でいうなら)外国語の勉強だって、ほんとに計り知れないくらい容易な時代になった。それにもYouTubeはいろいろ役に立つ。

やる気さえあれば、ひとりで、そして外国に行かなくても、いくらでも勉強できるのだから、もう大学で「語学」をやる意味ってないのでは? と思えてくる。

断っておくが、ぼくは言葉の勉強をせずに「自動翻訳機にまかせろ」とか、そういうバカなことをいっているのではない。言葉のおもしろさは無限で、生の言語的コミュニケーションがもたらす高揚は、何物にも代え難い。「語学学校」というものに魅力を感じる人がいることだって、それは「コミュニケーションの練習」だから、というよりは、「それ自体がコミュニケーションだから」であることは、まちがいない。(かといって巷にあふれる英語学校を勧めているのではない。)

でもね、必修にして、「単位をください」とか平気で答案用紙のかたすみに書く一時的狂気の状態に学生たちを陥れてまで、「大学」のシステムにそれを要求する時代はもう完全に終わったような気がする。言葉の勉強は夢中になってやる人だけがやればいい。音楽のように。スポーツのように。恋愛のように。

話が逸れた。マリエ・ディグビー、ギターはうまくないけど、歌はさすがに聴かせる。日本人との混血といえば、去年からぼくがひいきにしてたのはニュージーランド人との混血のキャット・マクドウウェル。世界各地で、いろいろおもしろい子が出てきてる。いずれはアフリカ人と日本人の混血のスーパースターも、きっと出てくるにちがいない。ジャンルは音楽かも美術かも科学かもしれないけれど。

そして「日本」と「アメリカ」の「混血」、というような、まるで意味不明な表現が、誰の目にもおかしく見え誰の耳にもおかしく響くときが、必ずやってくるはず。(つい便宜的に使ってしまうが、それは悪い習慣。)

Tuesday 26 August 2008

半世紀のチキンラーメン

日清のチキンラーメンが発売されたのは1958年8月25日だそうだ。新聞に全面広告が出ていた。物心ついたころから、いったいいくつ食べたことだろう。ときどき、深夜に、むしょうに食べたくなるのはなぜだろう。

1958年、半世紀前。ということは、

キース・ヘリングも(生きてたら)、
プリンスも、
ケヴィン・ベーコンも、
ケイト・ブッシュも、
マイケル・ジャクソンも、
ティム・ロビンスも、
ぼくも、
同僚の清岡さん(フランス語)も、

チキンラーメンと同い年だったわけか。これほど確実な世代論はない。

1958年8月25日生まれはティム・バートン。そしていま名前をあげた中では、まあ確実に、ぼくがいちばんたくさんチキンラーメンを食べてきたことだろう。たぶんそうだよね、清岡さん? そもそもマイケル・ジャクソンはチキンラーメンを食べたことがあるんだろうか(カップヌードルはともかく)。

Sunday 24 August 2008

なんというでかさ、広さ

札幌の古書店・書肆吉成が出している「アフンルパル通信」の別シリーズとして、「アフンルパル通信ex.01」が刊行された。

写真家・露口啓二さんの連作「On―沙流川」からの写真4点を、無謀なまでにでっかい1枚の紙に印刷し、折って、完成形態としてはA2の大きさのページが8ページ分。谷口雅春さん、倉石信乃さん、宇野澤昌樹くん、そしてぼくが短文を寄稿している。

露口さんが撮る北海道の風景は、まるで鹿や鳥やカワウソが見ている風景のようだ。そのたたずまいが、この大きさで、よく生きてくる。吉成くんの英断をよろこびたい。

写真について書くのは、ほんとにむずかしい。写真について書かれている文章の大部分は、写真にとってなんの意味もない。ぼくの文も、写真とはぜんぜん関係なくなってしまったことを反省。

ともあれ、きわめて興味深い刊行物です。ぜひ手にとってみてほしい。そしていつか、露口さんの写真展を生田図書館のギャラリー・ゼロでも開催したいもの。

http://camenosima.com

に注文してください。

9月19日、ジュンク堂新宿店

音楽学者・細川周平さんの渾身の大著『遠きにありてつくるもの』(みすず書房)の出版を記念して、ジュンク堂で公開対談をすることに。9月19日の午後6時半から。

http://www.junkudo.co.jp/shop2.html

もっとも、ぼくはもっぱら聞き役。長い年月のフィールドワークと資料読みを重ねてきた細川さんの日系ブラジル研究の労作に、ぼくの側から付け加えられることなど、何もなさそう。

ぼくがブラジルに住んだのは1984年。来年で25年になる。そしてこのとき友人たちにあてて書いた書簡をもとにした最初の著書『コロンブスの犬』(弘文堂)が出版されたのが1989年。来年で20年になる。

だが、はたして自分はブラジルを知っているのか、と自問すると、答えはひとつ。何も知らない、ほとんど。

本当にぼくはブラジルに行ったのか? 行った、でも行ったのは、きわめて小さな一部分にだけ。

来年こそブラジルを再訪し、『コロンブスの犬』の新版を準備したいと思っている。

「その時その場が異様に明るく」

テレビを日ごろまったく見ないので、大抵の名場面は見逃している。稲妻ボルトの9・69も女子ソフトボール日本チームの優勝も見なかった。

オリンピックみたいな機会にかぎったわけではなくて、あの長寿番組「笑っていいとも」も、たぶん3回くらいしか見たことがない。それでももちろん、タモリの顔も話し方も知っているのだから、世界のメディア化は根深い。

そのタモリさんの、赤塚不二夫先生に対する弔辞をYouTubeで見た。電撃的だった。

赤塚先生の考えによって「その時その場が異様に明るくなる」こと、

たこ八郎の葬儀に際してげらげら笑いながら大粒の涙をぽろぽろこぼしていたという思い出、

タモリにとって赤塚不二夫とは父であり兄でありはるか年下の弟であったということ、

「あなたにとって死もひとつのギャグなのかもしれない」、

そして「私もあなたの数多くの作品のひとつです」という決めのひとこと。

まちがいなく歴史に残る名弔辞。しかも、噂では、タモリさんが読んでいた(ふりをしていた)紙は白紙だったという。すごい。

ぼくは冠婚葬祭が嫌いなので、友人たちがこれから死んでも葬儀には出ないだろうし、ましてや弔辞なんて。自分が死んでも葬儀は省略してもらい、飼い犬が最後に頬をぺろりと舐めてくれれば、それで死後ずっと満足。

それはそれとして、このタモリの芸の絶頂には、感動した。言葉の芸人の極みだ。

Saturday 23 August 2008

フェルナンド・ペソア詩集

思潮社の海外詩文庫から、『フェルナンド・ペソア詩集』が発売された。

編者は友人の澤田直くん(立教大学)。日本の代表的サルトル研究者である彼は、他方ではロマンス諸語の詩に詳しく、カタロニア詩の翻訳もやっているし、イタリア語もよくできる。ポルトガルの20世紀を代表する詩人ペソアについても、ひさしい以前から取り組んできた。

この手軽な体裁で、「1880年代生まれの天才」のひとりであるペソアの詩が日本語で読めるようになったのは、本当によろこばしいことだ。

訳詩はほとんど澤田くん自身のものだが、ペソアの異名のひとつであるアルヴァロ・デ・カンポスの詩編のふたつは、ぼくの訳で収録されている。

いつしかぼくも、はじめてペソアを読んでから25年が過ぎた。故・出淵博先生のモダニズム研究のゼミで、ペソアについての発表をしたのを、よく覚えている。その後、シアトルの大学では、指導教官のひとりだった哲学者のミケル・ボルシュ=ジャコブセンが、90年代初めの一時期ペソアと多重人格の問題に強い関心を抱いていた。


ぼく自身のペソアの訳詩は『オムニフォン』に載せているので、これも興味がある人は、ぜひ見てください。

灯籠流し

近くの多摩川べりで灯籠流しがあったので、夕暮れどきに犬の散歩がてら行ってみた。

地元のいくつかのお寺が宗派を超えてやっているらしい。暗くなったところで読経がはじまる。

 一心敬礼十方法界常住仏
 一心敬礼十方法界常住法
 一心敬礼十方法界常住僧

ぼくは仏教系の学校に行っていたので、耳に親しい言葉。もっとも、われわれは音楽家だった校長の作曲にしたがって、この文句を文字通り、歌っていた。

やがて川面の舟から、火をともした灯籠がそっと送り出される。火の群れが水の上を滑って、すばらしい美しさ。ちょうど夏の終わり、何かを「送る」には、この上なくふさわしい儀礼だった。

Friday 22 August 2008

残念!

島への旅にもっていったのは、ずっと愛用してきたリコーのコンパクトカメラGR1s。アイツタキのラグーンをゆく舟の上で、捲き上げのときになんかいやな雑音があるなと思っていたら、案の定壊れていた。

カウンターは作動していたが、実際にはフィルムがまわっていなくてすべて未露光。36枚撮りのフィルム3本が、最初の1本のはじめの数枚を除いてダメだった。

これは残念。早速、銀座のリコー修理センターに出したが、撮ったつもりだったいいショットは、もう地上のどこにもない。さいわいもう一台もっていたGR Digital IIのほうで撮ったものが200枚くらいあるが、こっちは主として記録的に撮ったものばかり。画素数も上げていないので、大きなプリントにはできない。この春に買ってまだ使い方がよくわかっていないせいでもあるけれど、どうもディジタル写真はおなじレンズのおなじリコーでも、平板になってしまうような気がする。絞り優先とか、そういう問題なのかもしれないけど。

もっとも、使い捨てカメラで撮っても、いい写真はいい。次回の旅行では、5年ほどまえに旅行スナップ用に買ったPentaxのEspio120SWiiをもっていこうか。28mm から120mmというズームのついた、なかなかおもしろいコンパクトカメラ。そういえば、セイフコ・フィールドにおけるイチローの後ろ姿なんかは、右翼側スタンドの最前列から、このカメラで撮ったんだった。

Monday 18 August 2008

周期的に上昇し下降すること

ふと手に取った本のぱらりと開いたページに次の一節を読んで、すっかり感心してしまった。

「ニーチェのユニークさは、風土に徹底的にこだわるからこそ異郷を選択する、大地を愛するからこそ、移動しつづけるというところにある。身体と環境のあいだの絶妙な平衡が実感されるつど、そこが暫定的な「故郷」となる。彼は特定の質の空気や光を享受しつづけようと欲するがゆえに、地中海岸とアルプスの高原のあいだの標高差1800メートルを周期的に上昇し下降する。彼は風に棲むのだ」(岡村民夫『旅するニーチェ、リゾートの哲学』白水社、60ページ)

鮮やかで、ひきしまった喚起力のある一節だ。

思えば1988年、「ニーチェのテラス」と呼ばれる高台からニースの町を見下ろしていたことがあった。いつかニーチェの足跡を追って旅してみたい、と思っていた。その後ぜんぜんそんな旅を果たせないうちに、これほど充実した本が日本語で書かれていたとは。驚き。そして、うれしいことだ。

いまはおなじ著者の宮澤賢治論、『イーハトーブ温泉学』(みすず書房)を読んでいるところ。8月も残るは2週間。大切にしなくちゃ。

Tuesday 12 August 2008

日本の英語教育?

留守中の新聞をまとめて読んでいる。鶴見俊輔による赤塚不二夫追悼文の一節がおもしろかったので、以下にメモ(「朝日新聞」8月5日)。

「日本の英語教育は、150年にわたる政府の投資として失敗した。その失敗は、世界諸国の事業の中で、きわだっている。」

「たとえば日本の社会学は、英語まじりの学術用語でアメリカの学問をなぞりつづけている。馬首を転じて、私たちの内部に残されている赤塚マンガの広大な影響を追いかけてみたらどうだろうか。」

大学院入試

8月1日、DC系の大学院入試(第1期)。12名受験し、7名を合格とした。すごい多様性。それに先だって行なわれた学内入試合格の4名を加えて、現在11名が確定している。定員15名なので、あとは2月の第2期入試で。

映像、写真、音楽、文章、文化研究、いろんな人が集まりつつある。中国からの留学生も2名。これからの展開がほんとうに楽しみになってきた。

DCの名のもとに、全員を貫く関心は、創造=想像。ありきたりな反復が続く世界に、どんな思いがけない偏差を導入できるか。たぶんばらばらな課題にとりくむわれわれが、毎年必ず暫定的な答えを出す日も近い。

ぼくらがまだ知らない4人へ。ぜひ、この共有された場所に、来春から加わってください。手探りです。何の保証もありません。でもどこにも負けず、自由です。

ちょうど今夜(11日)、札幌では、露口啓二さんの写真展開催に合わせてDC系の何人かが、写真家と倉石さんの対話につきあったはず。ぼくは行けなくて残念。こんなふうに地理の遠さを克服した活動も(しかも電子的移動ではなくて肉体的移動に基づいて)、これからも探っていきたい。

Monday 11 August 2008

ラロトンガ縦断トレッキング

クック諸島への旅から帰ったところ。その位置は、言葉がよく物語っている。

アオテアロアのマオリ語で「こんにちは」はKia ora!
タヒチ語ではIa ora na!
クック諸島のマオリ語ではKia orana!

そう、まさにアオテアロアとタヒチの中間です。

大きな目的は2つあった。世界で2番目に有名な環礁であるアイツタキを訪ねること。諸島の首都の島であるラロトンガを徒歩で縦断すること。どちらも果たして、まずはめでたし。そしてその上にニコラ老人との出会いやラロチキンの襲撃や諸島最大のお祭りテ・マエヴァ・ヌイや2件の交通事故目撃やスーツケースあわや紛失事件など、思いがけないことは旅にはつきもの。

今回は明治の3年前の卒業生である小林、斉藤の両君が同行してくれた。おかげで生涯のもっとも楽しく、しかもきわめて楽な旅のひとつとなった。ふたりを含めた明治の4人と西表、沖縄本島、沖永良部をめぐる旅をしたのは、はや5年前。あのときも爆笑的ハプニングの連続だった。

旅の模様は、いずれ「風の旅人」に書きます。たぶん11月発売号。ご期待ください!

Saturday 2 August 2008

R.I.P. 赤塚不二夫先生

赤塚不二夫さんが、きょう亡くなったそうだ。長い闘病生活だった。つつしんでご冥福をお祈りいたします。

同世代の友人たちと話をするたび、「われわれがいちばん影響を受けた人をひとりだけあげるなら」それは赤塚先生だ、という声が多かった。ぼくもまったくそう思う。ユーモアの基本感覚が、初めから赤塚化されていた世代なのだ。

長い病床の眠りから、永遠の眠りへ。どんな夢を見ていらしたのでしょう、赤塚先生。先生の絵が、アクションが、ぼくらの心を作ってきました。それは手塚先生や水木先生以上に。

これからも何度でも、先生の作品を手にとりつつ、ぼくらは老いてゆくことでしょう。ありがとうございました!

長い一日

長い一日だった。朝8時から夜の9時すぎまで、休憩はお昼に同僚の倉石さんと一緒に崎陽軒のしゅうまい弁当を食べた20分のみ。大学院入試と各種作業、会議、会議が続いた。でもおかげで、一段落。これからしばらくは自分の原稿と翻訳に集中できる。

さあ、八月の光。とりあえず、海に行きたい。

Thursday 31 July 2008

がんばれ青山ブックセンター

本日7月31日、青山ブックセンターの経営母胎である洋販ブックサービス株式会社が、東京地方裁判所へ民事再生の申立をしたとの報せ。2004年に経営をひきついでABCの活動を維持してくれた洋販が、ここで力つきたのはなんとも残念だ。しかし店舗の営業は持続する模様。あのしずかな炎が、これからも続くことを切望する。

つい3日ばかり前にも、若き同僚の波戸岡さんと青山ブックセンター本店で待ち合わせたばかりだった。もちろん、本も買った。ぼくひとりが買ったって、南極に降る雪の総量に対する、ほんのひとひらくらいの効果しかないだろう。でもここは、いつも大好きな書店だった。多くを発見した。多くを学んだ。夏には涼みもした。冬には暖をとった。バーゲンのときはたくさん買った。トイカメラのロモだって買った。壁ではいい写真をいっぱい見た。

2001年には蓮實重彦先生と工藤庸子さん、2003年には堀江敏幸さん、2006年にはエイミー・ベンダーさん、多和田葉子さん、2007年には大竹昭子さんと、ここで書店イベントをやった。なつかしい。そして、この場を失いたくない。

書店でのささやかなトークセッションや朗読会、小さなライヴ演奏やブックフェア、そうしたものがない都会は都会の名に値しない。青山ブックセンターを欠けば、表参道一帯の魅力は100分の1以下になるだろう。

本が追いつめられ、書店が追いつめられ、「文」の文化が衰退し。それでは住んでておもしろくない。がんばれ青山ブックセンター! DC系には、こんな書店が絶対に必要だ。

「風の旅人」33号

「風の旅人」33号(2008年8月)が完成。ぼくは連載エッセー「斜線の旅」の第18回として「島旅ひとつ、また」を書いています。

舳倉島、ウロス族の浮島、桜島の話は、それぞれ早稲田での「カリブ海文化論」の授業後に早稲田の学部生の敷田さんと見田さん、DC系の学生の宇野澤くんに聞いた話に基づいています。どうもありがとうございました。

「斜線の旅」は1回15枚なので、来年のいまごろ24回までゆけば、360枚。2009年秋には単行本にできると思います。ご期待ください!

Wednesday 30 July 2008

早稲田の午後

早稲田大学の学部横断的な1、2年むけゼミ「テーマカレッジ」の今年の主題「越境する想像力」のシンポジウムに招かれた。

よしもとばななさんのイタリア語訳者として知られる、早稲田大学准教授のアレッサンドロ・ジェレヴィーニさんとぼくが話し、それから参加者のみんなとのディスカッションに移った。

ジェレヴィーニさん(ばななさんのエッセーに出てくる「アレちゃん」)は、ほんとうに貴公子然とした、おしゃれで頭のいいイタリア男の極致。その生き方は、うらやましいくらい多彩で変化に富む。

http://www.yomiuri.co.jp/book/author/20050614bk02.htm

自作の小説の背景を語ってくれ、ついで朗読。じんとくる場面だった。

ぼくは「なぜ外国語で書くのか?」という題で、文学の創作と翻訳の関係、そして外国語での創作がもつ意味について、多和田葉子さんと関口涼子さんを引き合いに出して語る。多くの論点が、ちょうどジェレヴィーニさんの話の脚注になり、まずまず。若き友人のももちゃんがひょっこり顔を出してくれて、うれしかった。

終了後の懇親会も楽しく、積極的に本質をついた話をしてくれる学生が多くて、刺激になった。しかも! いま1、2年のかれらのうち3、4人が、やがて明治DC系を受験してくれるかもしれない。そうなれば、おもしろい。

他大学に非常勤講師に行ったり講演に行ったりすることを、単なるアルバイト的に思っている人がいるが、そうじゃない。具体的な学生たちとのやりとりの中で広がるネットワークは、どんなに小さくても確実に社会的なインパクトをもつし、それ以外には生まれえなかったような知的コミュニティの形成をはたしている。

ジェレヴィーニさんは明日からイタリアに帰国。ぼくはこれから入試。遠からぬ再会を約して別れたのも楽しかった。

Saturday 26 July 2008

森山大道+大竹昭子

暑い。冷房がない部屋で仕事をしていると、紙が汗でぼわぼわ。

それはともかく、明日の日曜日、涼みに行くならこれ。大竹昭子さん編『この写真がすごい2008』の関連イベントです。

以下、大竹さんからのお知らせを引用。

「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI (六本木ヒルズ横のけやき坂に面した店舗)で明日の日曜日におこなわれるトークショー。
ゲストは本の中に写真が収録されている写真家の森山大道さん。
本書の中から森山さんに選んでいただいた数点について語り合います。
無料で予約も不要ですので、お気軽にお越しください。

●7月27日(日)15時〜16時
TSUTAYA TOKYO ROPPONNGI一階の売り場にて」

これはおもしろそう! ぜひどうぞ。

Friday 25 July 2008

エミリー・ウングワレー

いつも終了間際になってしまう。木曜日、国立新美術館のエミリー・ウングワレー展。すごい。

色も、波動も、うねりも、その広さも。鼓動が速くなってくる。だんだん気が遠くなる。

これはすごい。ぼくにとってはロスコに匹敵するかも。

28日が最終日。まだの人は、この週末のすべての予定をキャンセルしてでも、ぜひ見に行こう。人が多いとは思うが、ふと気がつくと誰もいなくなっているだろう。彼女の絵ときみ以外、何もなくなっているだろう。

これだけの点数が一度に見られることは二度とないにちがいない。今世紀の必見。ほんとだよ。

Thursday 24 July 2008

露口啓二写真展

8月11日から札幌で露口啓二さんの写真展が開催される。以下、書肆吉成のお知らせを転載。

「マリリアさん、倉石信乃さんをゲストにお迎えし、北海道の風景を撮る写真家・露口啓二さんの写真展イベントを開催します。

 露口さんは北海道の風景をアイヌ語地名にこだわって撮影したり、昔は人びとの生活の中心だったけど今はもうなくなってしまった水流や川筋の起伏に注意を向けて撮影したりするなど、じっさいに見えている風景を通してひと昔前との差を同時に見ようとする写真を撮っています。

 現在の風景のなかで古代から変わらずに連続しているものと、大きく変わって断絶されたものとを、歴史を超えたまなざしで写真を通して一度に浮かび上がらせようとしています。

 人の側から風景をみるのじゃなく、子供のまっさらな目線で風景の側から風景を見たらこういう世界だろうなぁと思うような写真です。

 イベント当日は楽しく、深い学びの機会にしたいと考えております。入場無料カンパ制なので8月11日はみなさまどうぞお誘いあわせの上お気軽にお越し下さいませ。」

 これに合わせて、倉石さんはもちろん、DC系の数名も北にむかう模様。ぼくは別の旅行のため行けないが、きっとすばらしい夏の一日になることだろう。

Wednesday 23 July 2008

赤い雪

深夜、暑さに耐えかねて、アイスクリームを食べる。もちろんバニラ。で、それにカイエン・ペッパーの赤い雪を降らせて。

すると涼しさと熱が、同時にやってくる。

Tuesday 22 July 2008

音が覚えているもの、光が思い出させるもの

写真家・露口啓二さんの圧倒的な連作「地名」について、短い文章を書きはじめて、まだ終われずにいる。

すごい作品だ。北海道のあちこちのポイントで、ただそこにある風景を撮影し、現在もちいられている日本語地名、そのローマ字表記、もともとのアイヌ語地名、その日本語訳、英語訳を併記してゆく。

もちろんアイヌ語地名がその地点の性格をよく描写しているのに対して、日本語地名は音を写すための当て字である漢字が自律的に意味を帯びてしまうせいもあって、ほとんどナンセンスな名に変わっている。だが、そうはいっても、やはり音は残り、響き、連続性とずれの奇怪な作用のうちに日本という国がこの島を同化していったプロセスを、つねにそこに浮上させる。漢字が、そのままで、一種のリマインダーになっている。こっちがそんな心の姿勢をもつならば。

先住民の地名を征服者の地名が覆ってゆく、ないしは見えにくくなったかたちで継承してゆくことは、世界のどこにでもあることだが、そこに余分な意味作用が加わるのは、たぶん日本語の特性。そこまで踏みこんで論じたいものだが、必要な知識がないので困る。

そして写真が捉える光と地名の絶対的な齟齬については、きわめて理知的な写真家である露口さん自身がこう書いていて、付け加えるべきことは何もない。

「「地名」の起源の根拠を視覚化することは、まさしく表象的な行為といえます。喪失感と均質感を日常とした空間内に「地名」あるいは「その起源」という表象を持ち込むことで、そして「風景」として写し取ることで、その場所にかすかなゆがみをもたらす、私の採取作業はその繰り返しであります。「アイヌ語の意味」から、「表記された漢字の意味」から、そして「音」から生じる反映としての「イメージ」は、おそらく私の写真行為に介入します。それらすべてを引き受けた上で、はたして写真は「場所の表象」という地点からどれほど遠くに行けるものでしょうか。」

だがまさにこの「ゆがみ」の意識こそが、それだけで大きな贈りものなのだと思う、写真を見る者にとっての。それはそのまま現実を変える力になりうるし、表象を通じてしか到達することのできない実在物のなまなましい層にふれている。

最初に土地に住みはじめた人々の発見の歴史、確立された地名が貯蔵してゆく記憶、その名を変形し同時に土地をごっそり変形してゆく後発の巨大な国家、二つの名のあいだの落差、しかしあえて二つを併記することがその場で作り上げる、想起の現場。露口さんのこんな問いは、まさしく「世界的」な地平の中に刻まれている。

「雨煙別」と書いて「うえんべつ」と読み、それはアイヌ語のwen-petから来ていて「悪い川」であること。

「分部越」と書いて「ぶんぶこえ」と読み、それはアイヌ語のhunpe-oiから来ていて「鯨がいるところ」であること。

こうした名前が併記され写真に添えられるとき、びりびりと電荷を帯びたような、まるで紫の光が見えるような気がする。でもその先に、はたして何を書くべきか。写真とは、写真そのものについて、まるで語ることがない対象だ。

Sunday 20 July 2008

目撃

都内にもいるとは聞いていたが、はじめて見た。

土曜日の日没時。夕闇の中、うちのすぐまえの道路を、3匹の獣がのんびり横切っていく。あれは猫? 新種の犬? いいえ、アライグマ以外の何者でもない! 多少、大小があるようなので、母親に連れられた、この春生まれの子供2匹なんだろうか。

見ていると道路をわたり、慌てるようすもなく、近くのアパートの床下にのっそり入っていった。それにしても、こんなに人家が密集した地帯で! 周囲に少しは畑があるので、そこで野菜類などをとって食べているのだろうか。残飯あさり? それはどうかな。

北米原産のラクーン、繁殖力が強く、頭がよく、けっこう凶暴らしい。夜行性。人を怖れない。これから夜な夜な、かれらを探して歩いてみるか。でも怪しまれるだろうな、わが人間仲間に。

そのうちカラスなみにありふれた都市型野生動物になったりするのだろうか。

Saturday 19 July 2008

文字の饗宴

暑い一日でやることはすごくたくさんあるのだが、終了間際の展覧会「アール・ブリュット/交差する魂」を見に汐留の松下電工のミュージアムに。

駅で驚く。へえ、汐留って、こうなってたんだ。すごい、でも感動はない。というか、20世紀に置いてくればそれでよかったようなかたちの都市計画。潜在的にゆたかな海岸を、わざわざ人工的な岩石の不毛でおおっているような。美もなぐさめも気持ちよさもない。

それはともかく、この美術展はやはりすごかった。アウトサイダー・アートという呼び方の妥当性は考えてみる必要があるが、それぞれにまぎれもなく独自性を刻印されている。なかでも文字関係の作品に、つい過剰に反応してしまうのは、ぼく自身の趣味。

喜舎場盛也の漢字への執着、戸來貴規の誰にも読めない日記、富塚純光のふしぎな新聞紙絵画。どれも、真似したくなる。文字が輝き踊っている。

それから銀座まで歩いて、大平奨さんの絵画展(なびす画廊)。日仏学院のひげのおじさん、といえば、わかる人も多いだろう。いつも催し物があるたびにお世話になっているが、彼の画家としての側面は見たことがなかった。すばらしい大作が並んでいる。ぼんやり浮かんだ人物の肖像の上に、おびただしい環が浮遊する。どれも色がいい。筆とスポンジで描いていったそうだ。学院の激務をこなしながら、これだけの大きな作品を毎月のように仕上げてゆくとは、ほんとうに感服。

音楽もいいけど、絵もいいなあ、やっぱり。

それから研究室に戻り、期末試験の採点。惨憺たるできばえで、暗澹。大学の語学教育、どうにかしたい。しかも語学部分だけじゃなくて。今回はみんなの授業中の発表に基づいて簡単な地理クイズ部門を作ったのだが、「1968年に冬季オリンピックを開催したフランスの都市は?」という問題に「タヒチ」と答えたり、「ハイチのヴードゥーの原型に近い宗教をもつ西アフリカの国は?」に対して「ベトナム」と書いたりするのは、どうか。あ、ベナンのベの字でまちがえたのか。それでも、人の発表を、もう少し聞けよ。

文化的知識を離れて語学も何もないが、そもそもまるで興味のない地域・主題・言語を学べといっても、それはむりだろう、たしかに。語学は希望者だけにするか。しかし、世界といえば自分の生活圏、知識といえば商品知識しか求めない純粋消費者的精神たちが、いったい何を思って大学に通うのか。

砂漠ブルーズの真髄

「東京の夏」音楽祭の「サハラの声〜トゥアレグの伝統音楽」。楽しかった!

トゥアレグ族の生活圏はサハラ砂漠の南端にはじまり、アルジェリア、リビア、ニジェール、マリにまたがっている。今回の来日公演のために特別に編成されたグループによる演奏は、月光の下、砂に熱が残る円座での、歌と踊りの集いそのもの。

顔だちが、意外にブラック・アフリカとの混血を思わせる人が多い。楽器はおさえにおさえているが、非常に効いている。電気ギターが妙にブルージーだなと思ったら、マリ共和国からの影響だとのこと(アマドゥとマリアムを思い出してください)。そしてウードは、それに輪をかけて、ブルーズ・ギターそのもの!

このウードが導入されたのが、わずか15年ほどまえだと聞いて驚いた。終盤近くなって、砂を敷いた舞台上でのダンスパーティー。例によってステージに招かれ、またまた踊り狂ってしまった。なんか、毎年やってるなあ、こういうことを。しめくくりはなんとレゲエで、現在世界音楽はなんでもありなんだと再確認。影響を排するほうがおかしいし、影響はいたるところから流れこんでくる。

さんざん楽しんで外に出ると、カラジャ族のみなさんが今夜はTシャツ姿で246沿いの道ばたにすわっていらっしゃった。この光景は、夢みたいだった。Muito obrigado e boa viagem! とリーダーさんに挨拶して別れる。かれらはアマゾンの村に帰ってからも、南青山のこんな風景を思い出すのだろうか。

「真夜中」2号完成!

リトルモアから刊行された季刊の文芸誌『真夜中』の第2号が完成しました。

第1号もかっこよかったけど、こんどはすごい。中身もすごいが、デザインがすごい。色もページのカオカタチも最高。まずは、手にとってみてください。

ぼくはベナンの小説家フロラン・クアオ=ゾッティの「赤足少年」を翻訳・解説しました(82〜86ページ)。去年の東大駒場でのぼくの授業に出ていた人は覚えてると思います。森の秘密結社の祭儀の場所に迷いこんだ少年たちがお仕置きをうける話。アフリカっぽさがむんむんする、楽しい短篇です。

アフリカ各地からも、おもしろいフランス語作家が続々登場しています。カリブ海とむすびつけつつ、これからもいろいろやってゆきたいと思ってます。

Friday 18 July 2008

アフンルパル通信 第5号

札幌の書肆吉成から「アフンルパル通信」第5号が発行されました。ぼくは16行詩連作「AGENDARS」を、3ピース発表。

今号の執筆者は山口昌男、宇波彰の両先生をはじめ、倉石信乃、港千尋、南映子のみなさん。すごい充実ぶり。

お問い合わせは http://camenosima.com までどうぞ!

Thursday 17 July 2008

ロシア・アヴァンギャルド/石山修武

木曜日、大学院前期授業の最終日。暑い一日だったが、巡歴の一日とする。

まず正午に文化村で集合して、「青春のロシア・アヴァンギャルド展」。1920年代ロシアのすばらしさを期待して行く。展覧会ポスターがすごくよかったし。

結果、マレーヴィチはやはりすばらしかった。白に白、といっても、青みがかった白に赤みがかった白。非常に多様なものを隠した白。そのおなじマレーヴィチの晩年の肖像画なんかには驚く。ひとりの人間て、すごい振れ幅があるものだ。2002年にパリで見たモンドリアンも晩年はつまらないし、ブラジルのモデルニズモのミューズ、タルシーラ・ド・アマラルも、後期はあまりおもしろくないし。

「ロシア・アヴァンギャルド」といいながら、もうひとつの目玉はグルジアのピロスマニ。文句なくすばらしい。学生のころ見たピロスマニの伝記映画を、また見たくなった。みんな(パコとか)最後まで見てから、またピロスマニに戻っているのがおもしろかった。シロクマの親子なんて、ぜんぜん熊らしくない。キャンヴァスにわざわざ妙な厚紙を貼って描いているのも興味深い。

それからTucano'sでお昼ごはん(シュラスコ食べ放題1480円)のあと、みんなで用賀まで移動して世田谷美術館の石山修武展。歩きは暑かった。汗だく。

しかし、すごい! これだけのプロジェクトをほとんど同時に動かしてゆくって、どういうことなんだろう。おびただしいドローイング、エッチングも。土地を見抜き、人々とつきあい、かたちを探り、実現してゆく。建築家魂の頂点を見た思い。

石山先生のみならず石山研究室がそっくり移動してきて館内で仕事をしていたが、ちょっと声をかけるにいたらず。こっちに、言葉がないからなあ。ご尊顔を拝しつつ、立ち去ったという感じ。けれどもすばらしく充実した体験だった。あのパワー。見習いたい。

カラジャ族の伝統芸能

「東京の夏」音楽祭は、毎年必ず2つ3つの公演を見るようになって、すでに何年かたつ。いつも他ではお目にかかれない、おもしろいものがたくさん。

水曜日、大学で必死に仕事をしてから夕方の草月ホールへ。アメリカの大学で日本文学を教えている友人と。

「奥地」という言葉が誇張でもなんでもないアマゾンのほんとの奥地から、片道5日かけてやってきたかれら。面倒を見ているのは司会を務めた翁長巳酉さん。きょうはなんとなくインディオ風のおしゃれをしている。彼女のパワフルな行動力には、ほんとに脱帽。

カラジャのみなさんは総勢9名。すこーんと抜けた声が、動物を模倣し、鳥を模倣する、のだと思う。小刻みに足踏みする踊りと、鳥の仕草、ひろがる声。恐るべきものを見せてもらった気分。

特に、ふたりのかけあいで踊られる非常に理解しがたい踊り=儀礼は、どことなく狂言に通じるものがあって、おもしろい。

前日には子供たち相手に「花いちもんめ」をやって遊んでくれたそうだ。東京なんて、かれらにとっては苦痛の棘以外の何物でもないかもしれないのに、笑顔。元気。

来てくれたことが、かれらからの最大の贈り物。すばらしい一夜だった。

Wednesday 16 July 2008

7月15日

7月15日はヴァルター・ベンヤミンくん116歳、ジャッキー・デリダくん78歳の誕生日。ちなみにハロルド・ブルームくんはジャッキーより4日だけ上。フランツ・カフカくん(7月3日、今年でめでたく125歳)、エリアス・カネッティくん(7月25日、おなじく103歳)など、ユダヤ系の気になる文人たちは7月生まれが多い。

暑かった。早稲田の授業は期末試験。たっぷり苦しんでもらってから、太公望に。店のおやじさんに「また来年」といって別れる(早稲田は前期だけなので)。夏はまだこれから。旅あり、苦あり。

Monday 14 July 2008

郡上節、中世イベリア半島の響き

不思議なもので、ある人やグループの音楽は、あるときそればかり聴き、それから何年も遠ざかったりする。で、ときどき帰ってくる。むこうから。うれしいことだ。

こないだ授業でデレク・アンド・ザ・ドミノス、アマドゥとマリアムに続いて使ったのがラディオ・タリファ。スペインの中世音楽のバンド、古い楽器を使ってたとえば15世紀のセファルディ(追放ユダヤ人)の音楽などをやっている。でも感覚はきわめてポップで斬新。

1999年12月に札幌大学で講演をしたのが、じつはぼくが日本の大学で話をした初めての機会だった。思えば、日本語でまとまった聴衆を前に話をしたことは、小学校のとき以来それまでなかった。そのとき使った音楽の組み合わせが、これ。なんとなく気まぐれでひさしぶりにひっぱりだし、歌と話を組み立てたわけ。

大変に新鮮だったが、いまはYouTubeがある。ラディオ・タリファを見てみると、すごい歌を発見!

http://jp.youtube.com/watch?v=uw8Zibak_Lc

そう、民謡の「郡上節」。ここまで中世スペイン風、つまりはアラブ風な節回しだったとは。まったく違和感がない。スペイン語の歌詞も決まってる。

三味線とか琵琶とか、何にせよシルクロード系の楽器だったのかな、もともとは。だとしたら、イベリアから東アジアまで、歌の道は千数百年前からずっと続いていたのかも。

おもしろいなあ。それで真夜中、ちょっとはずれるけれど、しまいこんでいたギターラ・ポルトゥゲーザ(ファドの伴奏に使うポルトガルの12弦ギター)をひっぱりだして遊んでいた。音楽はいい。楽器はいい。へたくそでも振動が癒してくれることは、ゴーシュのセロが教えるとおり。

BOOK246

北島敬三さんをお迎えしてのDC系トークセッション第1回。ほぼ満員で、ぶじ終了。

だが、暑かった! 南青山のみちばた、開始の午後4時では、まだまだ酷暑。周囲も明るすぎて、北島さんのスライドが見づらく、ほんとうに申し訳なかった。話す順番がまちがっていた。すみませんでした。

途中の休憩を終えたころから、しだいに暑さもやわらぎ、光もやわらぎ、だんだん調子が。でもそのころにはもう時間切れ、残念。これはまたいつか、この続きをやらざるをえないだろう。

北島さんのおもしろいところは、安易な歴史性を否定するところにかえって彼ならではの歴史感覚が浮かび上がり、人も風景もひとしなみに見るところに存在の「個」がかえって出現すること。北島さん自身「記念写真的にやった」という旧ソ連での人物写真が、とりわけすばらしかった。

次は秋に、デザイナーの近藤一弥さんと。クールでシャープ、彼のデザインそのままの人柄の、近藤さんとの対話が待ち遠しい。たぶん10月から11月にかけて。またお知らせします。

すべてが片付いてから、宇野澤くんの誘いにしたがって六本木のスーパーデラックスへ。きょうは伊藤隆介さんの映像作品と大友良英さんの音楽という組み合わせの夕べだったようだ。

http://www.super-deluxe.com/#映像作家徹底研究%206.

興奮のライヴが終わったポスト・フェストゥム(祭りのあと)的現場にゆき、伊藤さんの最高にかっこいい作品を見ることができた。同行した一同、愕然。これはすごい。永遠に石段を降りてゆく乳母車。説明はしない。

そして残念ながら、みんなを圧倒したその演奏を聞き逃してしまった大友さんと、立ち話をすることができて大満足。大友さんには、いずれFringe Frenzyに登場していただく約束を。

こうして終わった7月の日曜日だった。さあ、明日からもがんばろう。

Thursday 10 July 2008

野尻湖の花粉が教えるもの

7月9日の朝日新聞におもしろい記事があった。

地質学者・公文富士夫さん(信州大)の研究。野尻湖の湖底堆積物から花粉を調べ、過去7万年の気候変動を探るというもの。それによると、縄文へと移行する1万数千年前は特に変動が激しく、100年間で7度ほど気温が上昇したこともあったのだという。

一方、古生物学者の高橋啓一さん(琵琶湖博物館)は象の化石の専門家で、オホーツク海近くから出土した象の化石にナウマンゾウが含まれていることから、いまよりはるかに温暖な時代があったことがわかるそうだ。亜寒帯の針葉樹林に住むマンモスに対し、ナウマンゾウは温暖な落葉広葉樹林に住んだ。

マンモスはヒトに狩りつくされて絶滅した、とする説がむかしは有力だったが、いまはむしろ温暖化により生息環境を失ったという説が力を得ているらしい。武器らしい武器をもたない、しかも数がひどく少なかった人類には、マンモスを捕りつくすことなどとてもできなかったのではという気も、たしかにする。

いずれにせよ、過去1万年は気候の驚くべき安定期だった。21世紀が文明化(都市化)以後の人類が初めて直面する、本格的温暖化の時代になることは避けられないだろう。地球自体が準備するこの振れ幅に、ヒトの作為が加わって、これからの地表はどうなっていくのか。地表で何が起ころうと意に介さない、深海生物の時代が、未来の生命圏の避けがたい運命なのかもしれない。

就職指導という未知=道

大学院・新領域創造専攻全体の就職指導委員になりました。

といっても、これはぼくにはまったく未知の領域。出版界を除けば、つきあいのある業界もないし。安全学・数理ビジネス・DC系に求人をくれそうな企業を、これから探さなくてはならない。ともかく、やってみよう。

でも、結局は、ひとりひとりがどんなポートフォリオを提出できるかにかかっているからね。特にDC系のみんなには、自分がやってきたことがよくわかるような個人ウェブサイトを必ず作っておいてほしい。そこで、大学でつちかった編集力やデザイン力を、ちゃんと見せてほしい。

出会いはどこに転がっているかわからない。日々の積み重ね。それ以外には、何もない。明日も、また。その明日も、また。

Wednesday 9 July 2008

大山くんの作品

生田図書館ギャラリー・ゼロでの展示初日の朝、完成したてのDC系修士1年の大山宗哉くんの作品を見た。おもしろい! 暗闇の中、ガラスのケースの上にぽつんと、水の入ったグラスが置かれている。グラスに近づく手の動きに反応して、歌う風のような音が聞こえてくる。ケース内に浮かぶ光の線分と数字が、刻々と変わってゆく。天井の光はまるでオーロラのように踊る。

赤外線センサーが手の動きを感知し、それにしたがって4つのレイヤーに現われては変化する映像。みごとなできばえだ。

学外の方も、生田駅から歩いて見にゆく価値があります。会期中に、ぜひどうぞ。

ギャラリー企画の案はいろいろあるので、今後どう実現させていくか。フォトジャーナリストの佐藤文則さんの写真展を、できるだけ秋に。またアーティストの佐々木愛さんの現場での作品制作や、写真家の藤部明子さんの個展も、ぜひお願いしたいと思っている。

またぼくは明治大学アフリカ文庫の運営委員でもあるので、小企画としてアフリカ文庫にあるアフリカ関係の写真集の展示などもできるだろう。

驚くべきギャラリーになりそうだ。

Tuesday 8 July 2008

パコのダンス!

宇野澤くんとともに、DC系の初年度の学生としてぼくが指導しているのがパコ。中米系のカナダ人、フランス語・スペイン語・英語のトライリングァルで、もちろん日本語力も抜群。将来は必ず映像翻訳家として成功するにちがいない逸材だ。

そのパコの趣味はダンス。明治のサークルで活動しているが、YouTubeにこんな画像をアップしてくれた。

http://www.youtube.com/watch?v=4a4Hvli6bKo

黒いキャップに白いポロシャツで踊っているのが彼(だと思われる)。1980年のディスコ・キッドだったぼくとしては、見ていてほんとうに楽しい映像。いいぞ、パコ! あと1年半のDC系での生活を、存分に楽しんでくれ!

大山くんの作品展!

DC系の学生でありながら、すでにメディアアーティストとして活発な活動をくりひろげている大山くんの作品展が、生田図書館のギャラリー・ゼロで明日から(いや、今日から!)開催されます。



この度、生田図書館のGallery ZEROにおきまして理工学研究科 新領域創造専攻 ディジタルコンテンツ系に所属するメディアアーティスト、大山宗哉さんの作品展示「≠!」を行います。

オリジナルのマルチタッチディスプレイを用い手で映像に触れることができるインタラクティブな作品を展示致します。視覚−聴覚−触覚という3つの感覚器による介入と反応を楽しみながらお互いの感覚の関係性を考える契機となれば幸いです。

 ■期間 2008年7月8日(火)〜7月30日(水)
 ■時間 平日 8:30〜19:00 土 8:30〜18:30 日・祝日 10:00〜16:00
      ※初日は10時から開室いたします
 ■場所 生田図書館 Gallery Zero
 ■リーフレット http://www.dc-meiji.jp/ohyama.pdf


大山 宗哉 <略歴>
1985年 生まれ。
2006年、大槻幸平とともに結成したvoice.zeroとして国内外のアーティストとのコラボレーションプロジェクトを開始。
同年、スペインのアーティスト Miguel Gil Tertre 氏とともに4作のビデオ作品を発表。
2007年、ソニーミュージックコミュニケーションズをはじめとする企業のインスタレーションを制作。
また、メディアアーティスト集団 TriponとともにMetamorphoseに出演, リアルタイム生成によるパフォーマンスを行う。
2008年、明治大学 大学院 理工学研究科 新領域創造専攻 ディジタルコンテンツ系に所属、
メディアアートを宮下芳明氏に師事。
東京芸術大学 公開講座 非常勤講師 (2008年−)。


明治大学生田キャンパスは小田急線の生田駅から徒歩8分(ぼくは6分で着くけど)。ぜひ見にきてください! そして見に来たら、A館5階の516にあるぼくの研究室を、気軽にたずねてください(いないことも多いけど)。

Sunday 6 July 2008

「新潮」2008年8月号

よしもとばななさんの新作『サウスポイント』(中央公論新社)の書評を書きました。214−215ページ。

サウスポイントとはハワイ島の南端の岬。じんと深く感動させられる、さびしい、さびしい小説でした。書評も、あまりにも情感が先に立って、わかりにくいものになっているかも。でもストーリーを話すわけにもいかないし! とてもいい作品です。ハワイ好きな人は、ぜひ読んでみてください。

Thursday 3 July 2008

7月13日のBOOK246イベントavec北島敬三さん

以前にお知らせしたBOOK246×明治大学DC系の連続トークセッション「見えるもの、聞こえるもの」第1回の情報を、まとめておきます。

青山一丁目駅から歩いてすぐのCAFE/BOOK246で。第1回、ゲストは北島敬三さん! 北島さんには、DC系で後期の授業を担当していただきます。そこで、わが同僚にして鋭利な批評家である倉石信乃さんとぼくをまじえて3人で2時間、写真や旅をめぐる話を。

7月13日(日)午後4時から6時
料金=1000円(定員50名です、お早めに!)
予約は電話5771-6899あるいはメール info@book246.com

それでは、たぶん梅雨明け間近の南青山の日曜日、ぜひご一緒いたしましょう。

この写真がすごい、うれしい!

待ちに待った本が完成。

大竹昭子編著『この写真がすごい2008』(朝日出版社)

「日常をゆさぶる100の瞬間」として、大竹さんが選んだ100枚の写真が並んでいる。プロもアマもない、老若男女も関係ない。その中に、ぼくの写真も選ばれ、しかも! 見開きででっかく載せていただいた。

これは本当にうれしい。文章が初めて活字になったときより、ずっとうれしい。写真ていいなあ、楽しいなあ、すごいなあ、ヘンだなあ、これからも撮ろう、という気になる。

ぜひごらんください。ぼくの写真は通し番号の「18」。フィジーの海岸の風景です。

説明会、ぶじ終了

7月2日、駿河台でのDC系説明会は、20名近くの参加者を得て、ぶじ終了。

宮下さん、倉石さん、ぼくの順番に話したが、みんなすごく熱心に聞いてくれて、こっちも楽しかった。

写真をやりたい人、音楽をやりたい人、希望はいろいろ。わざわざ名古屋から来てくれた人もいたし、留学生ももちろん。この中で半分ほどの人が受験してくれたなら、所期の目的は達せられたということになる。

説明が終わってからの個別の相談もにぎわい、熱い雰囲気が盛り上がった。これは、来年は、今年以上に楽しい毎日になるかもしれない。

自分のスタイルを、自分のデザインを追求することだけが、われわれが自分自身に課す使命だ。そのむこうに、きょう見てもらったEarthriseと北極の画像がある。創造にとっては、毎日が非常事態。こうしちゃいられない! 明日もまたのんびりがんばろう。

きょうの参加者のみなさん、また近いうちに、再会しましょう!

Monday 30 June 2008

国道の名の下に

あきれはてた愚行。名古屋市の中心部を走る伏見通りで、大きな街路樹100本がばっさりと伐採された。

http://www.asahi.com/national/update/0628/NGY200806280009.html

高校生のころいつも自転車で走っていた道。ただでさえ緑の少ない名古屋の市街地に、いったい何をしてくれたのか。

Sunday 29 June 2008

がんばれ北極

去年は、ほんとにひどかった。どんどん溶けてなくなった。今年は少し持ち直しているみたい。でも昔に較べたら!

『北極圏海氷モニター』 スライドショーは必見。
http://www.ijis.iarc.uaf.edu/cgi-bin/seaice-monitor.cgi?lang=j


 「仮に北極海水が消滅したら何が起こるか。太陽光線を反射しないためエネルギーがすべて吸収されてしまい、温暖化は一気に加速します。グリーンランド氷床も急速に溶け始め、米国のロッキー山脈以西の地域では大干ばつになるといわれています。
 さらに温暖化が進めば、大量の犠牲が出ることになる。そこには二つの恐怖があります。
 第一の恐怖は物理的な恐怖。人類がコントロールできない、暴走する温暖化の状況です。アマゾンの雨は循環していますが、ある点を過ぎたらそのシステムは崩壊してしまう。生態システムが復元できないレベルにまで不可逆的に崩壊するとされています。
 第二の恐怖は経済的恐怖。自然災害とそれにともなう人的災害が多発、巨大化すると世界の資金を集めて対処しようとしても限界がある。そうなると災害にあった場所は見捨てられ、人びとはその生活を放棄するほかない。結果、莫大な量の人間が難民化し、その状況はまさにコントロール不能となるのです。
 この二つの恐怖があってしかもそれがどちらも20年以内にポイント・オヴ・ノーリターンに達すると考えられています。」          (山本良一インタビュー、「Nature Interface」38号)

Friday 27 June 2008

DC系のための個人的希望

DC系にはもちろん、すべての予想を裏切るような意表をついた分野を志す人に来てほしいけど、ぼくの勝手な希望もいくつか。

(1)第1期には音楽の人がいない。作り、演奏する人。
(2)ラテンアメリカかアフリカをフィールドとして、旅の経験を言葉と映像でまとめてくれる人。
(3)建築批評をやりたい人。
(4)デザインの哲学をやりたい人。
(5)本気のマンガ家(手で描く)。
(6)料理の手順を分析する人。
(7)科学におけるディジタル画像を研究する人。
(8)航空写真や水中写真の歴史を調べる人。
(9)YouTube人類学をやる人。
(10)ウェス・アンダーソン論を書きたい人。
(11)ぼくとバンドをやりたい人。
(12)すべての現代アーティストの中でアンディ・ゴールズワージーが最高だと思う人。
(13)動物芸の記号論をやる人。
(14)フラ・ダンス、あるいはタヒチかクック諸島のポリネシア系ダンスを真剣にやっている人。

そういうヒトがいたら、ぜひ来るように勧めて上げて下さい。

授業から

水曜日の「新領域創造特論」で冒頭にふれ歌を聴いてもらったのが、マリ共和国の盲目のカップル、アマドゥとマリアム。この機会にひさびさに聞き直して、惚れ直した! 最高。しかもその演奏がいまはYouTubeで見られる。映像もすごくいい。

http://jp.youtube.com/watch?v=iju1_DhH2Qs&feature=related

アフリカだなあ、やっぱり。今年、アフリカ初登場しようかと考えているところ。

木曜日の「コンテンツ批評」では建築家の原広司の『空間 <機能から様相へ>』をとりあげた。原先生の授業には、おおむかし、潜ったことがある。最高にかっこいい先生だったが、そのことばをいま読み直すと、また深い。たとえば「無境」について。

無境は、ここでは「中道」ではなくて、出現の誘起であり展開なのである。この限りない展開の可能性とその限界をさして、たとえば、「もののあはれ」と人は呼んだのである。中世の歌論が、「歌病」(かへい)として反復すなわち「同心の病」(トートロジー)を避け、輪廻を避けようとしたのも、ひとえに展開に憧れたからに他ならない。「無常」は、衆彩荘厳の限りない展開があることを知る喜びと、それが見尽くせない悲しみの同時存在を言いあらわしている。(「<非ず非ず>と日本の空間的伝統」)

ぐっとくる。

Wednesday 25 June 2008

DC系はどこがすごいのか

きょう、早稲田の学生たちと話していて、明治DC系の圧倒的な特異性がよく理解されていないことがわかったので、まとめておきます。

(1)理工系、文系、芸術系のいずれからでも進学でき、実際に第1期13名の出身学部が8名、3名、2名の割合になっている。
(2)修士修了の要件として選ぶのが、作品制作でも論文執筆でもよい。

このふたつをみたしている修士課程は、日本ではわれわれDC系だけだと思います。

そこで出てくる質問。たとえば。

「だったら、小説を書いて卒業することもできるのですか?」

答えはイエス&ノー。小説作品、もちろん大歓迎です。ただし、ディジタルメディアの応用という側面がある場合。写真との組み合わせ、動画やアニメーションとの組み合わせは、可能性のひとつ。あるいはもっと本格的なマルチメディア作品に、言語によるストーリーがからんでくる場合も。あるいは小説の執筆過程そのものに、たとえばハイパーテクストをなんらかの規則で組み合わせてゆくような(計算機の操作に頼らなくては果たせない)手続きが入っている場合。あるいはまた、メディア論的な観点が、作品そのものを深く規定している場合。

ただし作品として提出する場合には、外部的な評価をある程度うけることが必要です。小説なら、少なくとも部分的に、いわゆる「文芸誌」に掲載されるとか。

われわれはおそらく非常に高い水準を求めますが、その水準にまでひとりひとりの学生が飛躍的に技芸を向上させるためには、協力を惜しみません。

ぼくの夢としては、たとえばこれから、サハラ砂漠やアマゾナスの森林を歩いて横断しながら、リアルタイムでその報告を送ってくれるような学生が加わること。遠すぎる土地がむりなら、伊能忠敬や芭蕉の足取りをたどりつつ、映像と文章を送ってくれるような。そのプロセス全体を、「作品」として提示してほしいと思います。

あるいは、Hamish Fultonを知っていますか? ただ歩くだけのアーティスト。そんな歩行だって、DC系にとっては最高の修士制作になりえます。

あきれるほど自由なアイデアをもって、われわれのドアをいつでもノックしてください!

Monday 23 June 2008

HOMEI MIYASHITA: Performances in absentia

DC系の中心人物である専任講師・宮下芳明さんのメディア・アーティストとしての作品が、明治大学生田図書館内のギャラリー・ゼロで公開されている。彼がまだ修士の学生だったころの作品だというディジタルオペラ・プロジェクトや、pHテルミンなど。奇才のパワー全開だ。

7月3日まで。見逃さないで!

Saturday 21 June 2008

DC研報告

夏至、おめでとう。冬至と並んで、一年のもっとも重要な日。明日からは太陽の力が弱まるので、われわれはそれを励ますために毎日、祈り、歌い、踊らなくてはなりません。少なくとも毎日、朝日にご挨拶しよう、晴れているかぎり。

きょうはひさびさに、アキバでディジタルコンテンツ学研究会。DC系の学生のみならず外部からのお客さんも4名。サイバー大学の阿部和広先生の、きわめて充実したお話をうかがうことができた。

阿部さんはすでに20年以上にわたってSmalltalkを、ついでSqueakを使ってきた、日本における第一人者。コンピュータ・テクノロジーをめぐる「思想」が、はっきりと感じられる方だ。

http://wiki.squeak.org/squeak/1687

お話はコンピュータ開発の歴史にはじまった。Memex (memory extention)を構想したヴァンヴァー・ブッシュ、マウスを発明したダグラス・エンゲルバート、スケッチパッドのアイヴァン・サザーランド、ロゴのシーモア・パパートらの足跡を見てゆく。中でも最重要なのは、ダイナブックを構想したアラン・ケイ。

コンピュータはメディアであり、しかもどんなメディアも模倣できる、存在しないものすら模倣できるメディアである。すなわちメタメディアと呼ぶにふさわしい。そんなアラン・ケイの認識のすごさに、阿部さんのお話によって目を開かれた。

後半は「100ドルラップトップ」として知られるOne Laptop Per Childプロジェクトの紹介。阿部さんはこの運動にも、深く関わっている。この計画によって流通する第2世代のXOは、見た目からしてアラン・ケイのダイナブックの実現、そのもの。思わず震えるほどの先見性と、地球的規模の社会的正義に対するヴィジョンだ。

最後に阿部さん自身の開発した「世界聴診器」World Stethoscopeのデモンストレーション。これでみんな大満足。しばらく遊ばせてもらって、お開きに。みんなでお昼を食べに行った。

いろいろな発想がぶつかりあうことによって、ヒトの世界把握そのものを深く変えてきたコンピュータの進化を、阿部さんはカンブリア紀の生物進化になぞらえた。理由はわからないが、ある方向に進み、それによってヒトという「種」と世界の関係が根源的に変わってくるということだろう。そしてその進化上のドリフトには、われわれもまた参加できる。

われわれはつねに世界の明日に関して(どんなに小さくても)決定権をもつ。

深く充実した土曜の午前だった。

Thursday 19 June 2008

DC系連続トークセッション決定!@246カフェ/ブックス

南青山の246カフェ/ブックスで、DC系のイベントを開催することになりました。

題して明治大学DC系プロデュース 連続トークセッション「見えるもの聞こえるもの」(What We See, What We Hear)

第1回は北島敬三さんをゲストに、「写真はいま何を考えているか」というタイトルで、倉石信乃と管啓次郎が加わり熱い議論をくりひろげる予定。

7月13日(日)、午後4時から6時まで。詳細はまたここで発表します。ぜひ遊びにきてください!

北島敬三 写真家。森山大道に写真を学ぶ。現在は、自主運営ギャラリー photographers'galleryを中心に活動している。国内および海外での個展・グループ展多数。1981年に日本写真協会新人賞、1983年に第8回木村伊兵衞賞を受賞。DC系兼任講師。


倉石信乃 批評家、詩人。モダンアート、写真史、美術館論などを研究。2007年まで横浜美術館学芸員としてロバート・フランク、中平卓馬、李禹煥などの企画展を担当してきた。著書に『反写真論』、共著に『失楽園:風景表現の近代1870-1945』、『カラー版 世界写真史』などがある。DC系准教授。

管啓次郎 翻訳者、エッセイスト。比較詩学研究。著書に『コロンブスの犬』『狼が連れだって走る月』『トロピカル・ゴシップ』『コヨーテ読書』『オムニフォン <世界の響き>の詩学』『ホノルル、ブラジル』がある。最新の訳書はエイミー・ベンダー『わがままなやつら』。DC系教授、主任。

以後、秋にはグラフィックデザイナーの近藤一弥さん、文学・音楽批評の陣野俊史さんをお迎えする予定です。


Wednesday 18 June 2008

7月2日(水)、DC系説明会決定!

7月2日、ディジタルコンテンツ系の説明会をします。ちょうど出願期間。興味をおもちの方は、ぜひいらしてください。場所はお茶の水の明治大学駿河台キャンパス、リバティタワーです。9階の1093教室。(最初の1はリバティタワーを表します。)

16:30分開始、DC系の専任教員(宮下、倉石、管)がそれぞれ15分くらい話したあと、個別の相談に乗りたいと思います。終了予定は17:50分。

第1期の入試は8月1日。いろいろ、おもしろいことを一緒にできる仲間を、つねに求めています。気軽に参加してください。では7月2日に!

Saturday 14 June 2008

世界文化の旅・島めぐり編

明治大学リバティアカデミーの連続講座「世界文化の旅・島めぐり編」。くぼたのぞみさん(ハイチのカーニヴァル)、林巧さん(香港やボルネオのおばけ話)、鈴木慎一郎さん(ゾンビとカリプソなど)につづき、きょうはぼくの番。

「島」の本質をめぐる駄弁のあと、ラパヌイ(パスクア島)とタヒチの首都パペエテのスライドショーを見ていただき、おしまい。まずまず楽しくやれた。

以下、女性作家たちの島旅からの引用。これを出発点として、島への旅がもつ意味を考えてみたというわけ。話しているだけで、またどこかの島に行きたくなった。

よしもとばなな『なんくるなく、ない 沖縄(ちょっとだけ奄美)旅の日記ほか』(新潮文庫)

 その時に、もうひとつ面白いことを聞いた。
 ちょっとした事故などでほんとうにびっくりしてぼうっとなってしまうことを「まぶいを落とした」と言うそうだ。まぶい、とは魂のことである。子供はまぶいが抜けやすいので、転んだり事故にあったり、驚いたことのあった場所に行って、まぶいを取り戻すというのは、あたりまえのことだそうだ。大人になってもあまりにびっくりすると、みんな普通に胸のところを手でたたいて「まぶやー、まぶやー、うーてくーよー」とまぶいを呼び戻すそうである。
 すごく納得が行く。
 大学時代を東京で過ごした学さんがなにげなく「大和にはまぶいの抜けたままの人がいっぱいいて驚いた」と言った。その表現は私の心をノックアウトした。その後彼に風邪をうつされて二週間苦しんだことも帳消しになるほどの感動だった。(56−57ページ)

 よしみさんはお嫁に行くときに魂が迷って実家に戻らないように、マブリツケという儀式をちゃんとしたそうです。両手首、両足首、そして首に聖なる糸をまいて、三日間はずしてはいけないそうです。そして、三日後にはずして、魂を自分の場所に置くそうです。その聖なる糸は、島の大地が育てた苧麻(ちょま)という植物で作るそうです。
 なんて、すばらしい、意味のこもった儀式だろう。しびれますよ。(101ページ)

大竹昭子『バリの魂、バリの夢』(講談社文庫)

 夢から覚めたとき、一瞬、ここはどこだろうと思った。やがて竹で編んだ天井がぼんやりと浮かんできて、バリにいるとわかった。外では動物たちがけたたましい鳴き声を上げていた。
 声はいく種類もの動物から発せられているようだった。低音部には何の動物かわからない地鳴りのような声があり、中音部は猿や山鳩や牛たちの声で占められ、それに犬たちの競うような遠吠えと、「オカーサン」と叫ぶ鶏の声がかぶさり、さらにその上に、名も知らない南国の鳥たちが、いっときも休むことなくピイチクピイとさえずりながら華麗な装飾音を付けていた。
 それまで何度もバリに来ていたが、こんなにたくさんの動物の合唱を聞いたのははじめてだった。水田と谷という地形の組み合わせが増幅効果を発揮して声の響きをよくしたのか、まるで巨大なオーケストラを目の前にしたような大音響だった。奇妙な夢の謎は解けたが、私は寝付けなかった。夜明けに動物たちはこんなにも大きな声を上げて鳴くのかと、一種の感動をもってベッドの中でその声を聴きつづけた。
 空が明るくなるに連れて、ステレオのボリュームを絞るように合唱の声は小さくなった。鳴き止むのではなく、まわりに合わせてみんなが少しずつ音量を下げていくのである。そして朝日が差し込むころには、すっかり聞こえなくなった。
 動物たちの声が静まると、こんどは人間の時間がはじまった。宿で働く青年たちのやや高くつぶれた鼻音のバリ語や、コンクリートをはく竹ぼうきの音や、ペタペタというゴムゾウリの音が聞こえてきた。それはかいがいしさとさわやかさが入り混じった、私にも馴染みのある島の生活の音だった。
 それにしても動物たちはなぜ一日のはじまりにあのような大声を挙げるのだろうと、私は考えた。よそ者を警戒する声でも、異性を引きつけようとする声でもなかった。声楽家の発声練習のような、純粋に声を出すための行為のように思えた。人間がラジオ体操や太極拳で体を動かしてから一日をはじめるように、動物も発声をして声の地ならしをするのではないかと想像したのである。(279−280ページ)

 ガムランの楽器は銅鑼と太鼓とチェンチェンというシンバルに似た青銅楽器で構成され、メロディーはない。音域の異なる楽器が別々のリズムを刻んでいるだけなので、一見、でこぼこして不揃いな感じがするが、よく聴くと全体から立ちのぼる空気に統一感があり、体の各部分を細かく刺激されるような、えも言われぬ快感があった。
 私はそのとき、明け方に聞いた動物の鳴き声を思いだした。個々の声が響きあい、重なりあって生まれる音の層には、指揮者はいないのに音の調和が感じられた。音のうねりが大地を渡っていくような、そんな印象を受けた。ガムランもおなじことなのではないか。(281ページ)

スザンナ・ムーア『神々のハワイ 文明と神話のはざまに浮かぶ島』(桃井緑美子訳、早川書房)

 どの島にも太陽の光がたえず降りそそぎ、雨もたっぷり降る。海面から3000メートル弱のところを吹く北東の貿易風は、海上に湿気を含んだ重たい空気のうねりを生む。島はそれぞれ幅の狭い浅瀬にかこまれ、その先で急に海が深くなるため、魚の量が豊富で漁に適している。
 ハワイ諸島に最初に定住したとされるのは、西暦600年ごろに南太平洋のマルケサス諸島から外洋用の大型カヌーに乗ってやってきたせいぜい数百人のポリネシア人だった。彼らがなぜ危険な洋上の長旅をくわだてたのかはよくわかっていない。おそらく漂流者か、戦争を逃れてきた難民か、あるいは王権争いの敗者の残党か、飢饉に見舞われた人々だったのだろう。北東の方角に山だらけの列島があるという神話を頼りにやってきたのかもしれないし、たんに好奇心から流浪してきたのかもしれない。理由はどうあれ、彼らは太平洋特有の海流と風にずいぶんたすけられたはずだ。わたしはクック諸島に住むマオリ族でカヌーをあやつる達人から、海に手を入れただけで、水温、風向き、海流の方向、陸地までの距離、水深など、なんでもわかると聞いたことがある。
 移住者は、ヤム芋、パンノキ、タロ芋、桑、治療や呪術に使う植物など、30種をもちこんだ。野鶏、野豚、犬、そして故意ではないだろうがねずみも運んできた。彼らが上陸したとき、ハワイ諸島に生育する植物で食べられるのはシダとハラ(タコノキ)だけだった。鳥(マルケサス諸島から動物がもちこまれるまでは天敵がいなかったため、飛べない鳥もいた)と蝙蝠も食料になった。タロ芋、さつま芋、さとうきび、クズウコンをはじめ、そのほかの根菜や木もすぐに栽培されるようになった。
(……)
 クックが上陸した当時は約1300種の種子植物がハワイに繁茂し、その9割は世界でもここでしか見られないものだった。(……)友好的なヴァンクーヴァー船長は、ソシエテ諸島から羊と山羊のほか、オレンジの若木ももちこんだ。だが、カリフォルニアから牛を導入したせいで、一部の鳥ばかりかハワイに固有の植物の多くを絶滅させてしまったのもヴァンクーヴァーだった。(……)20年後にウィリアム・エリスはたいへんな数の牛が丘から丘をうろつくすさまじい光景を目にした。牛や馬は草葺きの屋根を食べて島民の家を壊しもした。
(……)
 「森林火災と動物と農業がこの5、60年で島を大きく変えてしまい、いまではある地域を何キロ歩いても固有の植物は一つとして見つからない。さまざまな国からもちこまれた雑草や低木や牧草が地面をびっしりと覆っている。驚くべきことに、ハワイ諸島では熱帯植物と温帯植物の両方が同じようによく繁茂し、その多くは魔法をかけたように広がって、土地固有の植物の大半をたちまち絶滅させたのである」 [1885年、F・シンクレア夫人]

Friday 13 June 2008

選挙、騒音

地元で選挙がはじまり、うるさくてうるさくてたまらない。

あいもかわらず「××の○○○、○○○です」の連呼。名前を必ず二度くりかえし。しずかな住宅地を、大音量で。

白手袋にたすきがけの姿も、とても21世紀とは思えない。いいかげん、何か根本的にちがった、しずかで説得力のあるかたちで、町をどうしたいか考えようとは思わないのか。

こういうときに欲しいのはネガティヴ投票。もっともうるさい候補に、マイナス一票を投じたい。

しずかで、でっかい樹木が多い町にしたい。そんな候補が欲しい。

第10回DC研

以下のとおり、次回のDC研を開催します。あの画期的なOne Laptop Per Child 計画についての見通しを得るためには、最高の機会。実物も見せていただけるはずです。

ぜひ、参加してください。

日時  6月21日(土)午前10時から正午まで
場所  秋葉原ダイビル6F 明治大学サテライトキャンパス
ゲスト 阿部和広さん(サイバー大学)
主催  理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系


「パーソナルコンピュータと初等教育 歴史・思想・現状」

今回のディジタルコンテンツ学研究会では、サイバー大学客員教授の阿部和広さんをお招きし、One Laptop Per Child を中心として、 パーソナルコンピュータが世界の初等教育をいかに変えつつあるかにつ いてお話いただきます。

グローバル化と情報技術の関係を根底的に考えるためにも、ぜひおさえておきたいポイント。お誘い合わせの上、お気軽にご参加ください。

「出版ダイジェスト」2008年初夏号

人文系出版社が作る出版梓会の「出版ダイジェスト」(みすず書房の号)に、細川周平『遠きにありてつくるもの 日系ブラジル人の思い・ことば・芸能』の書評エッセー「<家郷の病>から病みあがるために」を寄稿しました。

音楽学者・細川さんの日系ブラジル研究の集大成。ぼくが結局入ってゆけなかったブラジル空間への没入ぶり、感動的です。本自体は、7月中旬に刊行とのこと。

ぼくがブラジルに滞在したのは1984年。そろそろまたブラジルに行きたくなってきた。

Tuesday 10 June 2008

路上で

ある惨劇が、自分の生活圏に近く起こればそれを記憶し、遠く起これば何とも思わないのは、それ自体いやなことだ。ミャンマーを、四川を、遠い土地のできごととして無情にやりすごしているわれわれが、アキバに関しては大騒ぎするとなると、それはほんとうにいやなことだ。

でもやはり、あのよく知った路上で、あれほどの卑劣さが発揮されると、絶句し、その事件を絶えず反芻することにもなる。

http://akibanana.com/?q=node/879

池田小のときもそうだったが、こういう事件があると、死刑というのはあってもなんの意味もない、あるべきではない刑罰だという気になる。互酬性(人の命を奪ったなら自分の命で償う)とは、それ自体、別に正当な根拠のある考え方ではない。

卑劣きわまりない愚行によって、路上で命を奪われた方々のために、せめて黙祷をささげたい。

Saturday 7 June 2008

My Dog Essay

雑誌「水声通信」24号は特集「交感のポエティクス」。エコクリティシズム系の論考に混じって、「動物説教、狼と犬、そして犬の教え」というエッセーを寄稿した(51〜57ページ)。

異種間コミュニケーションという主題にはむかしから関心があって、すると犬とイルカが人の最大の相手になるのはあたりまえ。たとえばカブトムシとのコミュニケーションは、ごくごく限られた範囲でしか経験したことがない。カブトムシは反応する、でもなつかない。

もちろんチンパンジーやオウムがいるが、ぼくは犬とイルカ。

犬については、今後も少しずつ書いていきたい。そしていまいるミニ・マスティフと並んで、でっかいマスティフ系をいつか飼いたい。

Friday 6 June 2008

『やし酒飲み』の帰還

ナイジェリア、ヨルバランド(ヨルバ人の土地)出身の大作家エイモス・チュツオーラ。彼の代表作『やし酒飲み』(1952年)が、このたび河出書房の「世界文学全集」におさめられ、イサク・ディネセンの『アフリカの日々』とともに一巻をなすかたちで刊行された。

土屋哲さんによる名訳。土屋先生が亡くなったため、今回はぼくが解説を書かせていただいた。いま読んでもほんとうにおもしろい、わくわくする、爆笑できる、奇怪な傑作だ。

帯のカマンテ・ガトゥラの絵が、またいい。

ちなみに土屋さんは日本におけるアフリカ文学研究の先駆者で、長らく明治で教えていた。セネガルの初代大統領で大詩人のサンゴールに明治大学が名誉博士号を授与したのも、それを機縁として明治大学図書館にアフリカ文庫ができたのも、氏の尽力による。

アフリカ文庫はじつにすぐれたコレクションなので、駿河台の図書館に行ったときには、ぜひ書庫に入ってみるといいと思います。いろんな発見がきっとあるから。

長く充実した一日

きょうはゼミのみんなとペドロ・コスタの『コロッサル・ユース』(Juventude em marcha 進みゆく若さ)を見に、イメージフォーラムへ。午前11時から、2時間半ばかりの強烈な映像体験だった。

http://jp.youtube.com/watch?v=GfCKm8ElQHo

ひとつひとつの場面の固定カメラの置き方が絶妙。驚き、につぐ驚き、につぐ驚き。ヴェントゥーラの背後にある物語は推測するしかないが、それが「わかるわからない」とは無関係に、強烈。

終了後、近くの老舗で名物オムライスを食べてから、アキバへ。

授業ではゲストが二人。中国からの留学生の于さんと札幌で古書店をいとなむ吉成くん。きょうは『武満徹対談選』(小沼純一編、ちくま学芸文庫)をめぐるディスカッションだったので、吉成くんには最後に(彼の先生でもある)詩人の吉増剛造さんのことをちょっと話してもらった。

吉成くん発行の『アフンルパル通信』掲載の吉増さんの手書き文字に、みんないい知れぬ衝撃を受けていた。

終わってからみんなでパブに。おもしろい話がたくさん聞けた。于さんの話からは、中国のいまの若者たちに対する日本のマンガの影響力の強さを実感。彼女のような人がどんどん入ってくれたら、DC系はほんとうに刺激にみちた場所になるだろう。

早速、今年から、中国、台湾、韓国の主要大学にも大学院案内のブロシュアを発送することにしたい。

Monday 2 June 2008

「風の旅人」

6月1日発売の「風の旅人」32号に、連載エッセー「斜線の旅」の第17回として「桜、花、はじまり、小さな光」を書きました。

毎年、春になると氾濫する「桜写真」にまっこうから闘いを挑むような、新正卓さんのピンホール・カメラによる桜写真に触発されて綴った文章です。

「斜線の旅」連載も、いつのまにか17回。年6回ですから、次号で3年。もちろん、一冊の本にまとめるつもりですが、どんなかたちにしようか。ともあれ、これまでの歩みをまとめておきます。「風の旅人」16号(2005年)から。

1「フィジーの夕方」
2「湖とハリケーン」
3「ヌクアロファ」
4「最後の木の島」
5「オタゴ半島への旅」
6「タンガタ・フェヌア」
7「青森ノート」
8「見えないけれどそこにいる、かれら」
9「世界写真について」
10「ほら、まるで生きているみたいに死んでいる」
11「ここがもし聖地でなければどこが」
12「もしアメリカがなかったら、いまは」
13「モーテルと地図帳」
14「金沢で会う寒山、拾得」
15「島と森、鳥と果実」
16「その島へ、この海を越えて」
17「桜、花、はじまり、小さな光」

そしていまは次の号の作業中。おもしろいもので、雑誌連載では、「どうして自分がこんなことを書くのか」と思うような主題が浮上してきます。それはもちろん、そのつどのしめきり前後の苦闘のせいでもあり、編集者との対話のせいでもあり、まったくの運でもあります。

人は自分で文章を書いている気になるけれど、じつは「自分の力」なんて半分もないくらい。それがあるから、やはり雑誌という媒体はおもしろいし、広告なく運営している「風の旅人」というこの特異な雑誌に、前田英樹さん、酒井健さん、田口ランディさんらとともに連載をもたせていただいていることのふしぎさを、しばしば感じます。

この雑誌がつづくかぎり、この連載もつづけたい。つづけないかぎり、けっして出てこない何かが、世界のいたるところに隠されているのですから!

Sunday 1 June 2008

アフリカ/カリブ

木曜からずっと慌ただしい。慌ただしいことを「泡立たしい」とわざとまちがえていうのもおもしろい。

木曜日は、昨年リバティアカデミーを一緒にやったコンゴ民主共和国出身の宗教人類学者ロジェ・ムンシさんが、法学部の中村和恵さんのゼミにゲスト講師として招かれたので、朝から夕方までつきあう。充実。アフリカの内戦や国境紛争から呪術にいたるまで、たっぷり。その上、ムンシさんの博士論文の主題である日本の隠れキリシタンについても、いろいろおもしろいお話をうかがうことができた。学生たちの反応もよかった。

ロジェに会うたび思うのが、あの広大なコンゴをかつて「私有」していたベルギー国王レオポルド2世のこと。そしていまもアフリカでのあらゆる内戦の背後にある、地下資源を狙う欧米諸国の影。

土曜日は大学院の学内選抜。ついで午後からはリバティアカデミー。そのまえにアカデミーコモンの新領域資料室に寄ると、あいかわらずがらんとしていて、飾り気もなく、ものさびしい。折角の空間、もう少し魅力的な場所に育てたいもの。ここでの自主ゼミ開催なども考えてみようか。

リバティアカデミーはレゲエ博士の鈴木慎一郎さんによるゾンビ論。さすがに丁寧な説明で、いろいろaha!と思うことがあった。民族植物学者ウェイド・デイヴィスのゾンビ研究によると、ゾンビはフグ毒による仮死状態を利用して作られる。それはいいのだが、結局は暗示によって「ああ、やられた、もうダメだ」と思う部分が決めてなのではないか。しかし自分が経験するのも恐いし。仮死状態から生還した私、とか。

ハイチの波がなぜか続く。

土曜の夜にトヨダヒトシの河原でのスライド上映会の予定だったが、雨天のため一週間順延。まだ予約してない人、ぜひどうぞ!

Thursday 29 May 2008

The Bestest TV commercial EVER!

Check this out.

http://www.youtube.com/watch?v=ao6JntNIPHc&feature=related

Tuesday 27 May 2008

トヨダヒトシさんのスライド

昨年、生田でも上映会をやっていただいた、ニューヨーク在住の写真家トヨダヒトシさんのスライド・ショー。

彼は「終われば白いスクリーン以外何も残らない」スライドという形式を、唯一の発表形態としている人。痛切なしずけさ、しんとした一回限りの感覚は、ちょっと較べられるものがない。

今回は、場所がまたすごい!

5月31日(土)は多摩川河川敷(丸子橋付近)。
6月13日(金)は旧四谷第四小学校校庭。

へえ、こんな世界があったのか、と思うことは確実。ぜひどうぞ! 

予約情報は彼のサイトから。

http://www.hitoshitoyoda.com/

では会場で会いましょう。

Monday 26 May 2008

藤部明子さんの写真が

小説家の石田衣良さんの新著『傷つきやすくなった世界で』(日経プレミアシリーズ)を書店で見かけたら、ぜひ手にとってみてほしい。

カバーおよび各章の扉の写真は、藤部明子さんの作品。光と色のパターンに見る者の注意を集中させる、高度に美学的な写真ばかりだ。

すでに『The Hotel Upstairs』および『Memoraphilia』という2冊の写真集で知られる彼女だが、この本に使われた連作がまた新しい写真集にまとめられる日も近いだろう。近いことを願っている。

彼女の写真を見るたび、「画家の写真だなあ」と思う。そして絵画と写真の関係という、どう考えればいいのかよくわからない問いを考えてみたいという気になる。

寺山修司『月蝕書簡』

歌の良し悪しを論じられるほどには歌を知らないが、歌も詩であればまるでわからないということもありえない。

寺山修司を論じられるほどにはその作品を知らないが、きょう書店ではらはらと立ち読みをしているとおもしろくてつい買ってしまったのが、彼の「未発表歌集」。『月蝕書簡』という題名がいい。岩波書店刊。

こちらの無知なるがゆえの先入観に反して、ユーモアの感覚が冴えている。わかりやすいのが、たとえば

 みみずくに耳奪われし少年が算盤塾に通う夜の森

少年は「みみ」を奪われ、代わりに「ずく」を与えられた。算術の成立。思わずにっこりする、見事に内在的なユーモアだ。

フィクショナルな家族ものは概してわざと重く暗いが、ふと、ふわりと明るいユーモアが漂うのは、次の一首。

 霧の中酔いたる父が頬を突くひとさし指の怪人として

そして思わずビクッとしたのが、次の非常に完成されたサブライムな光景。

 あじさいを霊媒として待ちおれば身におぼえなき死者ばかり過ぐ

これであじさいの季節が待ち遠しくなる。

ときどき、ほんのときどきだが、寺山の唐突な語の結合にフェデリコ・ガルシア・ロルカを感じることがあり、vice versa。当たっているかどうかは知らないが、それで青森とアンダルシアが近くなる。

青森にまた行きたい。

Saturday 24 May 2008

「辛いそば」の作り方

中国語の同僚は林ひふみさん。知るヒトぞ知る、料理名人でもある。

彼女に教わったのが、簡単味付けの「辛いそば」。

(1)まず、カイエン・ペッパー(粉末)を用意し、同量の水でしめらす。雨降ってかたまった地面みたいに。湿らすのは焦がさないため。

(2)それをごま油に入れて熱する。焦がしたら、まずくて食えないよ。

(3)熱くなると、いい香り。

(4)あらかじめ用意しておくのが、すりごまと同量の醤油。ここに熱した油をかける。

(5)別にゆでておいた麺(日本そば)に、これをかけて和える。小細工なく、がつんと食べる。以上。

麺はたぶんそばでなくても、そうめんでも焼きそば麺でもオーケー。具も何もなく素朴な味わいが、麺ピュアリストにはうれしい。

ぜひいちど試してみてください!

Thursday 22 May 2008

万事快調!

この春から明治理工の同僚に加わったのが、カリスマ・フランス語教師、清岡智比古さん。

先日、開設されたばかりの彼のブログが、はやくも絶好調だ。

http://tomo-524.blogspot.com/

語学教師の資質の決めてはサービス精神。ぼくには欠けていて、黒田さんや清岡さんにあるのが、それ。

教室での彼の楽しい授業を彷彿させる、親しめる語りが、日々のうたかたを綴ってくれる。それでこっちも刺激をうけ、新たにやる気が出る。

毎日が消化すべきルーティン・ワークなんかにならないよう、つねに清岡さんとあれこれ情報交換をしながら、フラ語のクラスを運営していきたい。

これはすごい、すごい、すごい!

強烈だった。

無知を認めるにはいつもやぶさかではないが、あの有名なジガ・ヴェルトフの『カメラを持った男』(1929年)を、きょうの午後はじめて見た。なんという傑作! 矢継ぎ早にくりだされる映像が、「演劇とも文学とも異なる映画言語」を追求している。ただあっけにとられ、あっというまに1時間あまりが過ぎる。ゴダールたちが「ジガ・ヴェルトフ集団」を名乗ったことの意味を、いまにして知った。

不覚、もちろん。でもどんな不覚だって、改めるに遅すぎることはないだろう。ジガ・ヴェルトフ万歳!

そしてもう1本、135分の長篇は1964年のミハイル・カラトーゾフ監督『私はクーバ』(怒りのキューバ)。

これほど完成度の高い作品があるだろうか。ストーリーは非常に公式的。売春(マリア)、搾取(ペドロ)、反体制運動(エンリケ)、革命への参加(マリアーノ)という4つのステップが、それぞれに苛烈なエピソードによって描かれる。

問題はカメラだ。当時すでに携帯カメラを使用していたという撮影監督セルゲイ・ウルセフスキーの、信じがたい天才。息つくまもなく、ひとつひとつの場面が心にしみわたる。その運動感。その深み。その鋭いしずけさ。

結局、見せつけられたのは、ソビエト連邦において、公式イデオロギーとは無縁にものすごいレベルの美学的達成をなしとげていた人たちがいたこと。かれらから学ぶためだけにでも、ロシア語をこれからやりたいと思った。

ロシア語のために、わが友人・黒田龍之助さんに、改めて弟子入りしよう。

ギター音楽はいま

若き友人カワチくんから、カーキ・キングがブルーノートに出演したことを聞いて、しまったと思った。知っていたら、絶対に行ったのに! ブルーノートは高いので、はじめからあきらめているから、スケジュールすらチェックしてなかった。

カーキ・キングはほんとにすごい。小さな体でどこにあのパワーが? あの超絶技巧が? 創意工夫が? ソウルが?

彼女に限らず、ギター(それもアコースティック系、ただしみんなさすがに電気を通しているが)がここまでおもしろくなった時代はひさびさなのではないだろうか。

Kaki King
Rodrigo y Gabriela
Erik Mongraine
Monte Montgomery

みんな、ワオワオの連続だ。

こないだミスター・ドーナツでは、いきなりSylvain Luc がかかって、それもうれしかった。南フランスのジャズ・ギタリストである彼とは、2001年9月11日の朝、成田まで一緒に電車で行った仲(たまたまだけど)。

ギターを手にとる時間を増やしたい。そして過去30年まったく上達していないこの腕を、どうにかしたい。

Wednesday 21 May 2008

畠山直哉「Ciel tombe」

隅田川沿いのタカ・イシイ・ギャラリーに、畠山直哉さんの新作「シエル・トンベ」を見に行く。

すばらしい。思い切り横長のフォーマットで、パリの地下に潜む秘密の空間が明るみに。畠山ファンにはおなじみの「LimeWorks」や「Underground」の延長上にあるが、そのシンとした力強さは、いよいよ洗練の度合いを加えている。

この連作に合わせたテクストを書くことを夢想しているのだが、現実にこの空間に行ってみないことにははじまらないかも。ともあれ、今週一杯で終わりなので、ぜひ見に行ってほしい。

いずれは写真集になると思うけど、でっかいオリジナル・プリントが与えてくれる衝撃は、写真集とはぜんぜん別のものだから。

早稲田の夜

20日、火曜日。早稲田の文学部+文化構想学部の「カリブ海地域文化論」に、ゲストとしてフォトジャーナリストの佐藤文則さんをお迎えし、ハイチの現代文化におけるヴードゥーの位置についてのお話をうかがった。

さすがに20年におよぶ深い取材のエッセンスは、すごい迫力。思わず膝を打つこと(実際に打つわけではない)の連発。この不思議なカリブの島国に対する好奇心が、猛然とかきたてられた。

佐藤さん、なんといっても写真の感覚がすばらしい。別にアートをめざす写真ではなく、「報道」を第一義にするものだということは誰よりもご本人がおっしゃっているが、それにしても色も造形感覚も、日本で「報道写真」の名の下に日々新聞その他で流通しているものとはぜんぜんレベルがちがう。美しい、そして、恐い。ハイチとはなんという苛酷な社会かと、言葉を失う。

とりわけ、ハイチ国内での巡礼の聖地をとらえた写真は、圧倒的。信仰って何、かれらが求めているのは何と、答えようのない疑問がこみあげてくる。

終了後、聞きにきてくれた早稲田法学部の立花英裕さんや学生のみんなと連れ立って、近くの香港料理店「太公望」へ。

ここは最高。無愛想な店主がひとりでやっていて、料理にすごく時間がかかる。時間がかかるから、いろいろ注文するのをいやがる。いやがりながらも、こっちが注文したものの微妙な重なりを正して(鶏が重なるから豚にしたらどうだ、とか)さりげなく助言をくれる。

あの独特な、怒っているのかと思うような無愛想さに、学生時代の香港人の友人たちを思い出して、ついニヤニヤ。じつにいい店だ。

途中、ぼくが一件用をすませるため外に出たとき、店がいっぱいだったので、外からちらりと3人連れで店内をのぞいた人たちが、あきらめて帰るところに遭遇。でもあの人は! いま早稲田の大学院に通っているという、あの有名女優そのヒト。

これでまた、この店に通う理由が増えたような。

Monday 19 May 2008

横浜でアフリカ

日曜日、所用で横浜に行ったついでに横浜美術館へ。1階の無料ギャラリーで開催中のアフリカ写真展が、特筆すべきすばらしさだった。

アフリカはマリ共和国の首都、バマコ。ここで隔年開催されるのがアフリカ・バマコ写真展。

ギャラリーでは2007年の第7回の同写真展から、5人の写真家の作品を選び、展示している。

コンゴ民主共和国のサミー・バロジ (Sammy Baloji, b.1978)
ブルキナファソのサイドゥ・ディッコ (Saidou Dicko, b.1979)
ジンバブエのカルヴィン・ドンド(Calvin Dondo, b.1963)
マリ共和国のモハメド・カマラ (Mohamed Camara, b.1983)
マダガスカルのソアヴィナ・ラマロソン (Spavina Ramaroson, b.1977)

それぞれに強烈なヴィジョンの持ち主ばかり。やっぱりアフリカはおもしろい! これのためだけにでも、みなとみらいに出かける価値あり。

そして隣のギャラリーではジャイカが主催する、アフリカで活動する青年海外協力隊の人たちの姿。こちらは写真家の名前さえクレジットされていないけれど、どれもはつらつとした人々の姿をよく捉えた、気持ちのいい写真だ。

2000年、ぼくが明治で最初に教えた学生のひとりも、青年海外協力隊でタンザニアに2年間住み、小学校で算数を教えていた。その後、アメリカでパイロット免許をとり、いまは日本に戻って念願のパイロットとして仕事をしている。

自分がもしいま20代だったら、このプログラムに参加していたかもしれないなと、以前から何度か思ってきた。実際の20代のときには、それだけの決断ができなかったけれど。

ともあれ、6月1日までに、また横浜に行ってみよう。そして来年、2009年には、バマコに行くぞ!

http://www.pro2m.net/fotoafrica/article.php3?id_article=56

Bloody, bloody!

マイ・ブラディ・ヴァレンタインが、またやってくれた。はやばやと予約していたコンプリート・ボックスが、正式に発売中止。きょう通知が来た。まあ、仕方ないか。といっても口をつくのは"Bloody!" 英語の授業で「使ってはいけない単語」として教えているものでした。

新連載開始! 

講談社現代新書のメールマガジンに、5月18日号から連載をはじめました。

タイトルは「アメリカ・インディアンは何を考えてきたか?」

1989年にとりくみはじめたテーマですが、少し手をつけてはなかなか進めないうちに、ここまで来てしまいました。

こんどこそ、月1、2回の更新で、全24回ほどでまとめたいと思っています。

講読申し込みは、現代新書のサイトから。よろしく!

http://shop.kodansha.jp/bc/books/gendai/

北海道新聞

11日の北海道新聞に掲載された、堀江敏幸さんによるエイミー・ベンダー『わがままなやつら』の書評が、オンラインで読めるようになりました。

http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/index.html

ぜひごらんください。

Sunday 18 May 2008

札幌の読者

Fringe Frenzy に、札幌で古書店・書肆吉成をいとなむ吉成くんが、感想を寄せてくれました。以下、彼のブログから引用します。

*****
 ひとめ見て、どこかの異国の街路の壁に、いろんな広告や落書きにまざって何気なく貼ってありそうなフリーペーパーだなぁと思いました。(西部劇の食堂の壁の「WANTED!!」とメニューの貼り紙の間にあって風に吹かれてそうなくらいかっこいい紙面です。)
「ディジタルコンテンツ系」の名の研究室からこの手作り感満点のペーパーを発行するということ自体、ものすごくかっこいいです。「地方主義」と「はずれ」「へり」「周縁」にこだわる編集がとても刺激的です。そこに差し挟まれる旅、ジャズ、写真。
 特に大辻都さんという方の文章はとても読ませられました。
 実際の放浪を、健康と若さによる青春時代の特権と言い切ってしまうことにある清々しさを感じました。そして虚弱者の旅として、かえってたくさんの人たちの想像力に訴えることは、何か救いのような感じさえします。
「想像力を介してのこの転身を「旅」と考えてもいいのではないか。」
ここを読んで、日常の中心の延長のままでいる観光旅行のような旅ではなく、はたまた力任せの冒険でもなく、「わたし」の境界(へり)を危機にさらして変幻させてしまうような想像力による旅の肯定と思いました。いつどこでだって(いまここでだって)旅にしうる力は誰にだってあるんだ、と思いました。
*****

以上、http://diary.camenosima.com/より。

本当にうれしい感想で、みんなよろこんでいます。吉成くん、ありがとうございました。

札幌といえば、池田葉子さんの小さな快著『マイ・フォト・デイズ』の出版記念写真展が、来週から開催されます。

http://blogs.yahoo.co.jp/happa214/53301770.html

ぼくは行けないけど、札幌在住のみなさん、ぜひどうぞ!

Saturday 17 May 2008

「島めぐり」林巧編

リバティ・アカデミーの「島めぐり」、きょうは作家・妖怪研究家・チャイナタウン研究家の林巧さん。気合いの入ったオバケ話と間合いのいい提示を、たっぷり楽しめた。

さすがに長年の取材からの数々のおもしろい写真が効いているし、お話が非常にうまい。

思ってもみなかったことをたくさんうかがって茫然とするほどだったが、ひとつだけあげるなら、バリ島の先住民部落の話。島がヒンドゥー化されるまえからの先住民たちが、いまも城壁で囲まれた村で閉鎖的な生活を送っていて、そこでは一見、バリ寺院風の祭祀場があっても、じつはその正体はまったくちがうのだ、ということ。

世界の混淆宗教はすべてそうだろうが、バリにそれがあるとは。

あとは香港にあった国民党系の村、ボルネオの本気の「首狩族」など。世界は深い、とても想像がつかない。まずは行ったことのないバリ島にも、いちどは出かけてみようか。

石川直樹「Vernacular」

東京駅に行ったついでに、やっとINAXギャラリーに。石川直樹さんの新作展は「Vernacular」と題されている。副題は「世界の片隅で」。28日まで。

いよいよ充実している。映像人類学的、といってぴったりくる写真ばかり。去年、DC研の講師をお願いしたときはちょうどベナンに旅立つ直前だったが、そのベナンでのヴォドゥン儀礼を撮ったものが、とりわけすごかった。

おそるべき歩行者だ。マラルメがランボーを評した言葉を借りれば、un passant considérableか。定着された光の、すさまじいひろがり。

彼の旅を見ていると、もう自分はどこにも行かなくていい、という気になるが、それでもこっちもまだまだ。石川さんをお呼びする機会を、ぜひまた作りたい。

Enjoy the Ride

友人に教わって以来、なんどもくりかえして見ているのがMorcheeba のEnjoy the Rideのビデオ・クリップ。

http://www.youtube.com/watch?v=w16JlLSySWQ

これはいい。すごくいい。ケモノ、ゾンビとヴードゥー、ソウル・ミュージック、アニメ、サーフィンが好きな人なら、絶対に大好きになります。歌も歌詞もよくて、このアニメがとにかくすごい、おもしろい。

アルバム全体も非常にいい出来映え。お勧めです!

Friday 16 May 2008

説明会のあとで

本日午後、「新領域創造専攻」の学内向け説明会を開催。理工学部の4年生のみならず3年生もかなり参加し、満員の盛況だった。各系の修士1年のみんなの話が、非常によかった。DC系では、中村くんと大塚さん、ごくろうさま。

そして終了後、うれしい驚き。学外から参加した人はごくわずかだったと思うのだが、このブログを見て開催を知ったという中国からの留学生が、話を聞きにきてくれたのだ。

彼女は写真や映像を作ることに興味があって、特にDC系で兼任講師をお願いしている北島敬三さんの写真が大好きなのだそうだ。北島さんの授業は後期に秋葉原で開講。乞うご期待。

彼女によると、北島さんの名前は中国でもよく知られているという。現在、新領域全体で、留学生は2名(カナダと韓国)だが、これからどんどんいろいろな国の人が来てくれると、非常にうれしく、おもしろくなると思う。

そして不思議なケミストリーから、何か見たことも聞いたこともない表現や思考が生まれるのを、心から待ち望んでいる。

(思えば北島さんのお名前は、中国では、代表的現代詩人である北島(べい・だお)を連想させずにはいないだろう。)

秦如美写真展「日常」

6月1日が「写真の日」だそうで、この日の前後に「東京写真月間」があるそうだ。

その中で、わが同僚・倉石信乃さんが企画した写真展が開かれる。案内の葉書、なんということもない水泳プールが、不思議に美しい。みなさん、ぜひどうぞ!


秦如美写真展 日常
Chin Yomi: Everydayness
−東京写真月間2008 倉石信乃企画−

会期:2008年5月19日(月)〜31日(土) 日曜休
12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
会場:表参道画廊
東京都渋谷区神宮前4-17-3アーク・アトリウムB02
TEL/FAX:03・5775・2469
E-mail: info@omotesando-garo.com
http://www.omotesando-garo.com/
※オープニング・パーティー 5月24日(土)18:00〜20:00

日常にまつわる心の働きには「期待」がある。期待とは差異のことだ。時の移行のなかに定常的であることが期待され、定常的な時のなかに移行が期待される。このずれにおいてもう一つの心理、「不安」が到来する。不安によって日常は、安んじて帰還できる手軽な楽園とみなされ、いまここではない「いつかどこか」を呼び寄せるため の祈禱所となる。こうして日常は期待と不安のサーキットを形成する。しかし秦如美の写真が伝えているのは、そんなサーキットの心理学ではない。そうではなくサーキットの周囲にある、逃げ場のない、直面する物理的な心の震えである。震えているのは「この私」ではなく「周囲の事物」であり、その中に「私という物」もある。
              
  倉石信乃(批評家・明治大学大学院准教授)


作家略歴
1964年東京生まれ。1992年朝鮮新報社写真部に入社、退社後フリーランスの写真家と なる。2002年東京綜合写真専門学校研究科卒業。同年、写真集『月の棲家』(冬青社) を刊行、また新宿ニコンサロンで個展開催。2004-5年国際交流基金主催・笠原美智子キュレーションによる国際巡回展「アウト・オヴ・オーディナリー」展に出品。現在、東京在住。